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2005年10月02日
ロシア革命の勃発
1917年(大正6)にロシア革命が勃発する。しかし、実態は東京のロシア大使の命で、依然ロシア帝国の国旗を掲げて執務していた。
この頃、函館にも亡命ロシア人が増加した。
写真左は恵比寿町、写真右は末広町八幡坂下 (熊谷孝泰氏所蔵)
~ ロシアの人たちとの思い出 ~ 加藤 ワサ
私は、ハリストス教会の司祭の父と一緒に大正元年に函館に参りました。10歳でした。教会の関係でロシアの方々ともお付き合いがありました。ロシア革命の後ロシアの人は増えますが、でもその前から函館にはロシアの方たちはいらっしゃいました。
(中略)
私たち子供らがお話で聞くのではなくて、目を見拡げて、ウットリと、しばし喜び、楽しい時をもったのが、領事のご招待で、クリスマスのヨールカにお招きいただいた時でした。私たち子供らが主客なんです。ツリーの立派なのがあり、ビックリした私。そのヨールカには私たちチビチャンたちの他、父と詠隊教師も行きました。ロシア国歌と次に文部省唱歌の「出た出た月が」のロシア語訳をお稽古して歌い、領事の奥様も入られて、ゲームや椅子取り遊びなどをし、楽しくって、楽しくって。蓄音機だったでしょうか、静かな音楽やワルツ風の曲が流れ、ピアノも奥様が弾かれ、ふたりのお子様と共に聞きました。暖炉がほんわか暖かくて、自分がどこにいるのかわからなかったような気がします。帰りには、シンモス(木綿)の色物の断ち切りで縫い上げ、ブツブツと紐通し穴をあけて紐が通ってる袋に、キャンディー、チョコレート、小さな玩具が入ったのを頂いて、「ダスビダニヤ」「スパスィボ」と口々にお礼を言って、遠い元町の家まで帰りました。
その後何度か行き来するうちに、ロシア革命の関係でしょうか、領事館が閉鎖になり、領事のお兄ちゃんの方はどこか外国の学校へお出掛けになり、私も東京の神学校へいったりしましてね・・・。でも、あの時の喜びは、夢にでもいいから、話ではなしに、皆に見せたかったですね。
(後略)
( 函館市史編さん室編『市制施行70周年記念写真集 函館都市の記憶』より )
投稿者 hakodate_russia : 2005年10月02日 18:19