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2005年12月22日

旧日本人街散策マップ

 日本海をはさみ日本と向き合うウラジオストクは、19世紀後半から極東の軍事的拠点として発展し、商業的にも重要な位置を占めるようになりました。その発展期には多くの日本人が渡り、最盛期には5,000人を超える日本人が暮らしていました。函館とも人や物資が活発に行き交った歴史を共有し、その跡をいまでも見ることができます。
 今回の訪問にあたり、ロシア極東国立総合大学ゾーヤ・モルグン女史に解説をお願いして日本人の足跡をたどりました。(web版では、マップは省略しています)


第二次世界大戦の日本人捕虜によってつくられた塀


旧杉浦商店


路地裏には遊郭も多かったという。当時の建物が多く残っている


旧堀江商店(現極東国立工科大学)


旧デンビー商会


旧日本領事館


ウラジオストク布教所(浦潮本願寺の前身)


浦潮本願寺跡、現在碑が建っている

投稿者 hakodate_russia : 2005年12月22日 20:31

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