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2006年02月22日

更新履歴

2004
10.23 「会報」27の本文を追加
10.02 web展覧会2「ウラジオストクと函館-歴史、文化の経験-」を公開
09.26 「会報」25・26の本文を追加
07.19 函館市内「ロシア関連散歩道」を一部公開しました
04.11 web展覧会「函館とロシアの交流史」を公開
01.02 ニュースに10周年記念シンポジウムの記録を追加、ホームページをinfoseekへ移転

2003
11.21 市立函館図書館所蔵ロシア語資料目録を公開
11.13 入会案内を追加
11.02 「会報」4の本文を追加
11.01 「会報」1から3号・5号の本文、事務局のメールアドレスを追加
10.29 「会報」6号の本文、アクセスカウンターを設置
10.26 「会報」7から11号の本文を追加
10.16 「会報」12から19号の本文を追加(15号は未公開)
10.07 誤字、脱字を訂正
09.27 試験版の公開を開始

投稿者 hakodate_russia : 21:42

2006年02月21日

長谷川四郎コレクション(ロシア語文献)の紹介

 函館市文学館(函館市末広町町22-5)は、函館にちなんだ文学者の足跡を紹介しておりますが、アルセーニフの「デルスウ・ウザーラ」を翻訳した文学者として知られている長谷川四郎もその一人にあげられます。彼は1909(明治42)年、当時、函館の北海新聞社の社主であった長谷川淑夫の4男として函館市元町で生れており、函館中学校(現函館中部高等学校)を卒業後、立教大学や法政大学で学び、南満洲鉄道株式会社や満洲国協和会調査部で勤務します。「デルスウ・ウザーラ」を翻訳したのはこの調査部在任中のことでした。敗戦の年、1945(昭和20)年に、満洲里の扇山近傍でソ連軍の捕虜となり、翌年の1946年から3か年にわたり、シベリアのチタの周辺で収容所生活を過ごしました。1949年に日本に帰還、その後、抑留体験をもとにした「シベリヤ物語」を発表して、作家として注目をあびます。また詩人、劇作家として、そしてロシア語、フランス語、スペイン語等の文学作品の翻訳家としても活躍し、1987(昭和62)年に東京で没しています。
 彼の蔵書は文学館のオープンに先立つ1992(平成4)年に遺族から寄贈されておりますが、当会の幹事であった清水恵(故人)が寄贈後に調査した際にロシア語の出版物19点が含まれていることを確認しております。長谷川四郎が所持していたロシア語文献が、彼を生み、育んだ故郷・函館で大切に保存されていることはとても喜ばしいことだと思います。
 今回、文学館の許可をいただき、そのリストを公開することにしました。これらは一般公開しておりませんが、調査・研究等のために閲覧が可能とのことですので、閲覧を希望される方は事前に文学館にお問い合わせください(本リストの翻訳は当会幹事の倉田有佳による)。

  (1)著者(編者)名
(2)本のタイトル等
(3)出版所
(4)発行地、発行年
(5)頁数
   

1

(1)ДАНИЛОВ Семён Петрович
(2)СЕВЕР МОЙ
Стихи и поэма
Перевод с якутского
(3)Изд-во ≪Художественная литература≫
(4)Москва 1965
(5)208с.
(1)ダニロフ セミョーン ペトロヴィチ
(2)私の北方

ヤクート語からの翻訳
(3)「芸術文学」出版所
(4)モスクワ、1965年
(5)208頁
2 (1)ПУХНАЧЕВ Василий Михайлович
(2)РОССИЯ - ПЕСНЯ МОЯ
(4)Новосибирск 1963
(5)140с.
(1)プフナチョフ ヴァシーリ ミハイロヴィチ
(2)ロシア-私の歌
(4)ノヴォシビルスク、1963年
(5)140頁
3 (1)ДАНИЛОВ Семён Петрович
(2)ЗАЯЦ С РУЖЬЁМ
Стихи
Перевод с якутского
(3)Изд-во ≪детская литература≫
(4)Москва 1968
(5)64с.
(1)ダニロフ セミョーン ペトロヴィチ
(2)鉄砲を持ったうさぎ

ヤクート語からの翻訳
(3)「芸術文学」出版所
(4)モスクワ、1968年
(5)64頁
4 (1)КРЫЛОВ И.А.
(2)БАСНИ
(3)Изд-во ≪детская литература≫
(4)Ленинград 1966
(5)191с.
(1)クリロフ I.A.
(2)寓話
(3)「児童文学」出版所
(4)レニングラード、1966年
(5)191頁
5 (1)ФОНЯКОВ Илья Олегович
(2)ЗАСТЕНЧИВЫЙ РЕПОРТЕР
Стихи
(3)Изд-во ≪советскнй писатель≫
(4)Москва 1968
(5)104с.
(1)フォニャコフ イリヤ オレゴヴィチ
(2)遠慮がちのリポート

(3)「ソヴィエト作家」出版所
(4)モスクワ、1968年
(5)104頁
6 (1)ФОЛЬКЛОР НАРОДОВ СИБИРИ
(2)АН СССР Сибирское отделение
бурятский комплексный научно-исследовательский
институт
Труды Выпуск 18
Серия филологическая
(4)Бурятское книжное изд-во
(5)Уланудэ 1965
(6)208с.
(1)シベリアの民族のフォークロア
(2)ソ連科学アカデミー シベリア支部
ブリヤート総合科学研究所紀要 第18巻 文学シリーズ
(4)ブリヤート書籍出版所
(5)ウランウデ、1965年
(6)208頁
7 (1)ГОРЬКИЙ Максим
Die Feinde Szenen von MAXIM GORKI
(2)ВРАГИ
СЦЕЫ
(4)STUTTGART
Verlag von J.H.W. Dietz Nachfolger 1906
(5)191p
(1)ゴーリキ マクシム
(2)敵-舞台
(4)シュツットガルト、1906年
(5)191頁
8 (1)ТУРГЕНЕВ И.С.
(2)МУМУ. БЕЖИН ЛУГ
Русские писатели для классного чтения
(3)Юрьев 1921
(4)Излание эстонского изд-ва т-ва ≪Постимес≫
(5)80р
(1)ツルゲーネフ I.S.
(2)ムム。草原を駆ける。
(3)ユリエフ、1921年
(4)エストニア出版所「ポスチメス」
(5) 80頁
9 (1)ТЕТЕРИН Варфоломей Семенович
(2)Фотоальбом ≪якутия≫
(3)Изд-во ≪Советская Россия≫
(4)Москва 1972
(5)158с.
(1)チェチェリン ヴァルフォロメイ セミョーノヴィチ
(2)写真集「ヤクーチヤ」
(3)「ソヴィエトロシア」出版所
(4) モスクワ、1972年
(5)158頁
10 (1)МАЯКОВСКИЙ В.В.
(2)ШКОЛЬНАЯ БИБЛИОТЕКА
ПЬЕСЫ
≪МИСТЕРИЯ-БУФФ≫, ≪КЛОП≫, ≪БАНЯ≫
(3)Изд-во ≪детская литература≫
(4)Москва 1976
(5)256с. с фотоил
(1)マヤコフスキー V.V.
(2)学校文庫
「喜劇ミステリー」、「■」、「バーニャ(風呂場)」
戯曲
(3) 「児童文学」出版所
(4) モスクワ、1976年
(5)256頁(写真・イラストを含む)
11 (1)ГОСУДАРСТВЕННАЯ ТРЕТЬЯКОВСКАЯ ГАЛЕРЕЯ
(2)Чесноков,В Теплово.Т.
(3)Изд-во ≪советский художник≫
(4)Москва 1964
(5)128с.
(1)国立トレチヤコフ美術館
(2)チェスノコフ.V、テプロヴォ.T.
(3)「ソビエト芸術」出版所
(4) モスクワ、1964年
(5)128頁
12 (1)МАЯКОВСКИЙ Владимир
(2)ПОЛНОЕ СОБРАНИЕ СОЧИНЕНИЙ
Том 11
Киносценарии и пьесы
1926-1930
АН СССР
Институт мировой литературы им. А.М. Горького
(3)Изд-во ≪художественной литературы≫
(4)Москва 1958
(5)703с.
(1)マヤコフスキー ヴラジーミル
(2)全集第11巻 映画シナリオと戯曲
1926年-1930年
ソ連科学アカデミー A.M.ゴーリキー記念世界文学研究所
(3)「芸術文学」出版所
(4)モスクワ、1958年
(5)703頁
13 (1)АН СССР
Институт востоковедения
(2)ЯПОНСКА ЛИТЕРАТУРА
ИССЛЕДОВАНИЯ И МАТЕРИАЛЫ
(3)Изд-во ≪восточной литературы≫
(4)Москва 1959
(5)235с.
(1)ソ連科学アカデミー東洋学研究所
(2)日本文学 研究と資料
(3)「東洋文学」出版所
(4)モスクワ、1959年
(5)235頁
14 (1)ПАСТЕРНАК Борис
(2)Стихи и поэмы 1912-1932
Под ред. проф. Г.П. Струве и Б.А. Филиппова
Предисловие Жаклины де Пруаяр
Вступительная статья Владимира Вейдле
(4)ANN ARBOR
THE UNIVERSITY OF MICHIGAN PRESS 出版年??
(5)495p
(1)パステルナーク ボリス
(2)詩と長詩 1912年-1932年
(4)ANN ARBOR
ミシガン大学出版会
(5)495頁
15 (1)ПАСТЕРНАК Борис
(2)Стихи 1936-1959. Стихи для детей.
Стихи 1912-1957, не собранные в книги автора.
Статьи и выступления
Под редакцией проф. Г.П.Струве и Б.А.Филиппова
Вступительная статья Владимира Вейдле
(4)ANN ARBOR
THE UNIVERSITY OF MICHIGAN PRESS 1961
(5)297p
(1)パステルナーク ボリス
(2)詩 1936年-1959年。こどものための詩。
著者の本に所収されていない詩 1912年-1957年
(4)ANN ARBOR
ミシガン大学出版会、1961年
(5)297頁
16 (2)РУССКО-НЕМЕЦКИЙ РАЗГОВОРНИК
2-е издание
(3)Изд-во ≪литературы на иностранных языках≫
(4)Москва 1959
(5)205с.
(2)露独会話集
 第2版
(3)「外国語文学」出版所
(4)モスクワ、1959年
(5)205頁
17 (1)ЭСТРИНА А.М.
(2)ТОРГОВЫЕ СВЯЗИ КОЛХОЗОВ С ПРОМЫШЛЕННОСТЬЮ
(3)Изд-во ≪экономика≫
(4)Москва 1965
(5)108с.

(1)エストリナ A.M.
(2)コルホーズと産業の商業関係
(3)「エコノミカ(経済)」出版所
(4)モスクワ、1964年
(5)108頁

18 (1)ЕФИМЕНКО Василий Михайлович
(2)ВЕТЕР БОГОВ
РОМАН
(3)Изд-во ≪советский писатель≫
(4)Москва 1966
(5)440с.
(1)エフィメンコ ヴァシーリ ミハイロヴィチ
(2)神の風 長編小説
(3)「ソヴィエト作家」出版所
(4)モスクワ、1966年
(5)440頁
19 (1)МАЯКОВСКИЙ В.
(2)ИЗБРАННЫЕ ПРОИЗВЕДЕНИЯ
В двух томах
Том второй
ПОЭМЫ. ПЬЕСЫ. КАК ДЕЛАТЬ СТИХИ ?
(3)Изд-во ≪художественной литературы≫
(4)Москва 1953
(5)482с.

(1)マヤコフスキー V.
(2)選集(2巻) 第2巻 長詩。戯曲。どのように詩を作るのか?
(3) 「芸術文学」出版所
(4)モスクワ、1953年
(5)482頁

 

投稿者 hakodate_russia : 23:15

2006年02月20日

「ウラジオストクと函館―歴史、文化の経験―」

2004年度沿海地方国立アルセニエフ博物館・市立函館博物館姉妹提携2周年記念企画展
「ウラジオストクと函館―歴史、文化の経験―」

◇展示テーマ
1、日露文化と歴史的な交流
2、ウラジオストク市の歴史
3、沿海地方国立アルセニエフ博物館

◇ウラジオストクと函館の交流
 1992年(平成4年)7月28日、函館市はロシア連邦沿海地方のウラジオストク市と姉妹提携を調印しました。さらに、長い交流の歴史を踏まえ、友好・文化交流を強化するため、提携10周年目となる2002年(平成14年)7月28日に、両市のアルセニエフ博物館市立函館博物館が姉妹提携しました。
 2003年、婦妹提携1周年を記念してウラジオストク市で、両博物館の協力のもとに両市の歴史と文化についての展覧会が開催されたのに続き、このたび函館市で、アルセニエフ博物館の活動やウラジオストク市の歴史について紹介する展示が行われました。
 函館日ロ交流史研究会では、展示作業にボランティアで参加しましたが、このページでは市立函館博物館の協力をえて、ここに展覧会の概要を紹介します。(資料は市立函館博物館から提供を受けました)

会期 2004年7月5日(月)~7月11日(日)
会場 函館芸術ホール
主催 市立函館博物館
共催 沿海地方国立アルセニエフ博物館・市立函館博物館
後援 市立函館博物館友の会

投稿者 hakodate_russia : 21:56

2006年02月19日

1、日露文化と歴史的な交流(1)


クルゼンシュテルンI.F.
帆船「ネヴァ」号と「ナデージダ」号に乗り、1803~1806年にロシア初の世界一周探検を成し遂げた探検隊長。またロシア外交使節団団長レザノフN.P.を乗せ、帆船「ナデージダ」号で長崎港入りした。しかしロシアの帆船2隻は、港に2ヶ月間碇泊させられたものの公式交渉ができずに帰国した


レザノフN.P.
1803年に日本へ派遣されたロシア外交使節団団長


ゴロヴニンV.M.
1806年ロシアで2番目に世界一周探検を成し遂げた探検隊長。帆船「ディアナ」号でカムチャツカ沿岸を調査。1811年から2年以上日本で捕虜となった


箱館港に碇泊したフリゲート艦「ディアナ」号の図解
1854年。画家モジャイスキーA.F作


プチャーチンE.V.
ロシア海軍大将で、1854年の外交使節団長


ゴンチャロフI.A.
1854年のロシア外交使節団事務官


アルセニエフ博物館で保存しているフリゲート艦「パラーダ」号の模型
フリゲート艦「パラーダ」号に服務したシャルクノーフ軍医助手


プチャーチンE.V.
ロシア海軍大将と日本側代表の全権委員。下田。1854年


日本側全権代表
川路左衛門尉聖謨と筒井肥前守政憲

日本側通詞
中村為彌。下田での交渉


ロシア船員がフリゲート艦「ディアナ」号を解体し、その木材を利用して造ったスクーナー艦「ヘダ(戸田)」号の進水式
1856年


日本におけるロシア帝国初代総領事ゴシケーヴィチI.A.


ニコライ・ヤポンスキー
俗名 イワン・ドミートリエヴィッチ・カサートキン。
20世紀初期。日本。1836~1912年


プチャーチンE.V.
日本に滞在したロシア外交使節団。1853年


1891年に来日したロシアの皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ
後のロシア皇帝ニコライ二世


ウラジオストクにある浦潮本願寺
1891年に創設された。開教師多門速明(佐賀県出身)。20世紀初期

投稿者 hakodate_russia : 10:10

1、日露文化と歴史的な交流(2)


ウラジオストク日本総領事 渡辺理恵
20世紀初期


浦潮本願寺最後の僧侶・戸泉憲溟とその妻米子
1921年から1934年までウラジオストク在住。
1933年。ウラジオストク市


海底ケーブルで長崎とウラジオストク市をつないでいたデンマーク電信局の建物
20世紀初期


ロシア語文献学の専門家・山口茂一教授とウラジオストクの著名なヤンコフスキー企業家のー家
1917年


学者であり、また企業家でもあったヤンコフスキーM.I.とアンナ(娘)、パーヴェル(息子)
19世紀末。神戸市


1918年、1927年に来日したアルセニエフV.K.
旅行家、作家、学者


アルセニエフV.K.(右から3番目)
日本文化交流旅行出発前。科学者や文化人代表団とともに。1927年


ウラジオストクの露国義勇艦隊の乗組員と船舶会社「栗林商会」の株主とともに
1923年。東京


ウラジオストクのキタイスカヤ街(現オケアンスキー大通り)にあったウラジオストク日本総領事館
1922年

  
ウラジオストクで営業していた日本人写真館の名刺
左から、a)穂下、b)森、c)内藤
 
 
左から、d)山口、e)島崎


ウラジオストクで活動した日本赤十字社のクリタ医者
1918年

投稿者 hakodate_russia : 09:51

2006年02月17日

1、日露文化と歴史的な交流(3)


ウラジオストクで活動した日本赤十字社のアンドレイ大川
1918年1月7日


ウラジオストクで活動した日本赤十字社の大川
1914年からロシアのサンクト・ペテルブルグ市で日本赤十字社の看護婦として勤務した後ウラジオストクに転勤。1918年


ウラジオストク市のペキンスカヤ街(現フォーキナ通り)にあった森写真館の建物
1902年


函館にあったデンビー商会 創立者・デンビーA.G.


デンビー家の部屋
1918年。函館市


日本人の写真家穂下栄松とウラジオストクの市民セロフ姉妹
1920年代


ウラジオストク市と函館市との姉妹都市提携調印式
1992年7月28日。函館市


市立函館博物館との姉妹博物館提携のため来函した沿海地方国立アルセニエフ総合博物館館長アレクシュク
函館市教育委員会教育長金山正智を訪問。2002年7月28日


浦潮本願寺の記念碑
2000年11月3日。ウラジオストク市


第3回ウラジオストク・ビジュアル芸術ビエンナーレの際アルセニエフ博物館で行われた「函館市―ウラジオストク市」展示会の開幕式
2003年7月1日

投稿者 hakodate_russia : 21:59

2006年02月16日

2、ウラジオストク市の歴史(1)


1870年代のウラジオストク市


グスタフ・アリベルス商店のウラジオストク市に造られた最初の館
1879年


スヴェトランスカヤ街
1879年


ロシア電信局
1978年


テイグロヴァヤ丘(虎丘)
1875年


ウラジオストク市内図
1899年


1866年に作られた石版刷りにより印刷されたウラジオストクの景色


鉄道駅の最初の建物
1911年まで


再建築された鉄道駅の建物
1920年の冬


ウスペンスキー教会
ザヴォイコ海軍大将記念碑の起工式でロシア正教の儀式。
1908年


市墓地にあったポクロフスカヤ教会
20世紀初期


プロテスタント教会
20世紀初期


中国式仏塔(パゴダ)
20世紀初期


プーシキン劇場
20世紀初期


市民会館
20世紀初期


東洋学院
20世紀初期

投稿者 hakodate_russia : 22:03

2006年02月15日

2、ウラジオストク市の歴史(2)


ネヴェリスコイ海軍大将記念碑
20世紀初期


ウラジオストクのパノラマ
オリョールナヤ丘(鷲の丘)とネヴェリスコイ海軍大将記念碑。1920年代


夏には劇場として利用されるサーカス用建物
1905年


スヴェトランスカヤ街にあった海軍本部の最初の建物
1880年代

 
「リヴォーニヤ」ビール醸造所(1)、(2)
1905年


海軍本部
1912年


ウラジオストクのスヴェトランスカヤ街
1880年代


アレウツカヤ街にあった露亜銀行の建物
20世紀初期


スヴェトランスカヤ街にあった国立銀行
1912年


警察庁
20世紀初期


知事の公邸
19世紀末。スヴェトランスカヤ街


郵便会社
19世紀末。スヴェトランスカヤ街


軍港の司令官の家(写真中央)とアドミラルスキ(「海軍大将」の意)庭園
19世紀末


商船および義勇艦隊艦船が利用した船着場
19世紀末


スヴェトランスカヤ街
19世紀末

投稿者 hakodate_russia : 22:01

2006年02月14日

2、ウラジオストク市の歴史(3)


チューリン商店とシベリア商業銀行の建物(現在はアルセニエフ博物館本館建物)
20世紀初期


「オリンピヤ」菓子屋・喫茶店
1920年代


アレクセーエフスカヤ女子中等学校
20世紀初期


プーシキンスカヤ女子中等学校
1920年代


ウラジオストクのスポーツ同好会建物
20世紀初期


海水浴場
20世紀初期。アムール湾。ウラジオストク


アドミラーリスキ庭園のそばにあった金角湾のスケート場
20世紀初期


市立病院
20世紀初期


ニコライ二世の戴冠式祝典のために飾られたスヴェトランスカヤ街
1896年


ニコライ二世の戴冠式祝典のために飾られた凱旋門
1896年


金角湾を臨むウラジオストクのパノラマ
1896年


アドミラーリスカヤ岸壁
20世紀初期


ボートの船着場
20世紀初期


第一次世界大戦用軍服作成のために建てられた縫製工場
1914~1917年


テニス場
1900年。ウラジオストク市


シャシリーク(バーベキュー)をするウラジオストクの合唱サークル
1898年

投稿者 hakodate_russia : 21:50

2006年02月13日

2、ウラジオストク市の歴史(4)


韓国人居留民
20世紀初期


日本人居留民
20世紀初期


民族の祭日を祝う中国人居留民
20世紀初期


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
2004年


2003年に復元された凱旋門
1891年、アジア諸国の歴訪から帰国するニコライ皇太子(後のニコライ二世)を歓迎するため建てられたが、1927年に爆破された


ウラジオストク市の入口を示すモニュメント
2004年


劇場
2004年


1890年に建てられた沿海州研究協会の建物

投稿者 hakodate_russia : 22:40

3、沿海地方国立アルセニエフ博物館


1908年に増築された沿海州研究協会の建物
現在は国際展示会センター(アルセニエフ博物館の支部)。2004年


スヴェトランスカヤ通りにあるアルセニエフ博物館の本館
2004年


探検家・アルセニエフの家博物館
現在はアルセニエフ博物館が管理。2004年


革命家・スハーノフの家
現在はアルセニエフ博物館が管理。2004年


アレクシュクG.A.アルセニエフ博物館館長
2004年



博物館の発展に寄与した者に与えられる「金シュロ」賞授与式にて
1997年。フランス


アルセニエフ博物館の考古学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の民俗学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の地理学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の19世紀末から20世紀初頭のウラジオストクの歴史展示室
2004年

投稿者 hakodate_russia : 22:22

2006年02月12日

函館・ロシア略年表

西暦
和暦
出来事
1793
寛政5 前年根室に着いたラクスマンのエカテリーナ号箱館に入港(外国船初). これより陸路松前に向かい、光太夫ら引き渡される
1811
文化8 ディアナ号艦長ゴロヴニン少佐ら、国後島で松前藩吏に捕縛され箱館に護送される 〔続いて松前で幽閉〕
1812
文化9 ディアナ号副艦長リコルド、観世丸の高田屋嘉兵衛を拉致する
1813
文化10 高田屋、ゴロヴニン事件解決のため釈放. ディアナ号箱館に入港し釈放されたゴロヴニンらを乗せ帰国
1853
嘉永6 プチャーチン艦隊、長崎に入港.国境確定と開港を求める
1854
嘉永7 箱館、幕府直轄地となり奉行が置かれる.プチャーチン艦隊箱館港入港、後大阪へ向かう. 日露和親条約下田で調印される〔安政1〕
1857
安政4 長崎で日露追加条約が調印される(会所取引ながら箱館での通商許可)
1858
安政5 ロシア領事ゴシケーヴィチ一行着任(医師アルブレヒト・司祭フィラレート他/高龍寺・ 実行寺に分宿).亀田にロシア病院設置される.
1859
安政6 箱館港、神奈川・長崎と共に開港場となる.ロシア人墓地に軍艦アスコリド号航海士埋葬される (最初の埋葬者).医師アルブレヒトの気象観測.司祭ワシーリイ・マホフと読経士イワン・マホフ着任
1860
万延1 大工町(現正教会地)に領事館竣工.同地内に教会も併設される.植物学者マキシモヴィチ来港. 北京条約によりウスリー川以東ロシアに割譲される.ウラジオストク、海軍基地として開かれる
1861
文久1 司祭マホフの後任としてニコライ着任.イワン・マホフ「ロシヤノイロハ」を作成. ロシア病院火災で焼失.諸術調所教授武田斐三郎ら亀田丸でニコラエフスクに派遣される
1862
文久2 竹内下野守ら幕府使節、ペテルブルグに派遣されロシア外相と協定(樺太分界など) を結ぶ
1863
文久3 領事館の隣にロシア病院竣工.医師はアルブレヒトの後ザレスキイ着任
1864
元治1 大町居留地にピョートル・アレクセーエフ、ロシアホテルを開業する
1865
慶応1 英国領事館の火事でロシア領事館も類焼する.ゴシケーヴィチ帰国、新任ビュツォフ着任 (後の初代公使).幕府のロシア留学生箱館から出港する
1866
慶応2 箱館奉行小出大和守らロシアに派遣される.ロシア領事らから写真を学んだ木津幸吉、 写真屋を開業.ロシア病院火事で焼失
1867
慶応3 大政奉還.樺太島仮規則調印(於ペテルブルグ、小出大和守)
1868
明治1 戊辰戦争起きる.沢辺・酒井・浦野、初のロシア正教受洗者となる
1869
明治2 箱館戦争、榎本ら降伏して終結する.開拓使設置される
1870
明治3 オラロフスキー領事着任.黒田清隆、開拓次官となる.ロシア領事と開拓使の間で、 ロシア人墓地の正式契約交わされる
1871
明治4 明治2年帰国のニコライ、「日本伝道会社」の長として再び来日する
1872
明治5 オラロフスキー、離函.函館の領事館は事実上閉館.ニコライ司祭上京する. 函館学校にロシア語科併設される.ロシア親王アレクサンドロヴィチ来港する
1874
明治7 榎本武揚、特命全権公使としてロシア公使館に赴任する.黒田清隆、 参議兼開拓使長官になる
1875
明治8 樺太千島交換条約成立
1878
明治11 黒田長官ウラジオストク視察.函館の渡辺熊四郎らも同行する
1879
明治12 ロシア皇帝より、開拓使時任大書記官、函館病院々長深瀬鴻堂、 開拓使訳官の小野寺魯一が勲章を贈られる
1882
明治15 開拓使廃止され、三県(函館・札幌・根室)となる
1886
明治19 三県を廃止、北海道庁ができる(札幌本庁、函館には支庁).会所町に函館露語学校できる (後に船見町開有学校)
1890
明治23 笠原与七郎、曙町で露語研究所を開く
1891
明治24 巴学校、露語料をおく.在留英商人ヘンソン、 旧ディアナ号由来といわれる大砲を函館公園に寄付する.来日中のロシア皇太子狙撃事件で、函館区長慰問に赴く
1894
明治27 日清戦争起こる
1895
明治28 日清講和条約、三国干渉
1896
明治29 大家七平、ウラジオストク~新潟の航路開設(函館寄港)
1898
明治31 函館尋常中学商業専修料(函商)でロシア語教授始まる.ロシア、清国から大連・ 旅順の租借権及び南満州鉄道敷設権を獲得する
1899
明治32 函館に区制が施行される.大町に函館セミョーノフ商会できる
1902
明治35 シベリア鉄道開通する.日英同盟締結される
1903
明治36 民俗学者ピウスツキ来函.ロシア、旅順に極東総督府設置
1904
明治37 日露戦争起こる.ロシア領事引き揚げる.要塞地帯法により、正教会司祭・ 在留ロシア人など函館退去命令を受ける(露探).ロシア軍艦津軽海峡を航行、函館市民、不安に陥る
1905
明治38 日露講和条約締結.南樺太日本領有となる.日本郵船、函館・大泊航路営業決定
1906
明治39 領事トラウドショリド着任、領事館開庁(船見町108番地).日魯漁業(株)の前身、 堤商会発足(於新潟).船見町125番地に領事館新館落成
1907
明治40 函館大火により、領事館や正教会焼失する.日露漁業協約締結.函館デンビー商会設立される. 大阪商船、ウラジオストク航路(函館寄港)開始.
1908
明治41 露領水産組合設立される.函商の学生、商工業調査のためウラジオストク訪問. 焼失地にロシア領事館再建、落成(現在に至る)
1912
大正1 ニコラエフスク市から観光団来函.ロシア語「函館案内」出版される. 新任副領事レベデフ着任する.正教会に白岩神父着任、夜学のロシア語教室を開く.堤商会の本部函館に移る
1914
大正3 高井義喜久を中心に露領漁業貿易研究会発足する.この頃、 銭亀沢村大字笹流に旧教徒のロシア人一行入植する.バウローフ、船見町でロシア語教室を開く.第一次世界大戦始まる
1916
大正5 ロシア婦人の献金により正教会聖堂、再建なる(山下りんのイコン)
1917
大正6 ソビエト政権樹立される
1918
大正7 シベリア出兵
1920
大正9 尼港事件発生.極東共和国成立.北樺太保障占領開始. レベデフ領事が中心になり函館でシベリア孤児救済義援金募集.
1921
大正10 日魯漁業(株)発足する.北洋漁業者、軍艦の護衛で出漁. この頃から元町に亡命ロシア人が住み着く(ロシア長屋)
1922
大正11 函館に市制が施行される.カムチャツカの命令航路開設される
1923
大正12 後藤・ヨッフェ会談によりウラジオストクから査証官来函.万世ビルに事務所を構える (夏期のみ).ツェントロソユーズ出張所できる.ロシア帆船「ヘンリッター号」 海上ホテルとして係留されロシア人漁夫の宿となる
1924
大正13 栗林商会、ウラジオストク航路(函館寄港)経営始める
1925
大正14 日ソ基本条約調印される.旧帝国領事レベデフ一家亡命.新ソ連領事ロギノフ一行着任. 駐日ソビエト通商代表部函館支部、極東貿易局函館支部、ソ連商船隊函館支店設置される.万世ホテルで「日露協約成立祝賀会」 開催される.日露協会函館支部設置される.北海道主催の極東露領視察団に岡田健蔵ら参加.
1926
昭和1 函館市主催、露国展覧会開催.川崎汽船、ウラジオストク航路(函館寄港)営業開始
1927
昭和2 ソ連企業カムチャツカ(株)、同ルイボ・ブロドクトの函館出張所できる.旧領事館の修復なる. 駐日ロシア大使等函館を避暑地として滞在(7~9月).革命十周年祝賀会が領事館で開催される.ロシア極東視察団、 来函
1928
昭和3 日ソ漁業条約締結される.竹内清、ロシア語新聞「週刊函館」発刊する.正教会の鐘, 東京ニコライ堂に送られる
1929
昭和4 ロシア語通訳、北洋同志会を結成し、機関誌発行及びロシア語講習会開始. 北洋の漁業権問題をめぐり「島徳」事件起こる
1930
昭和5 A・Gデンビー、函館市より産業功労者として表彰される.アルハンゲルスキイ、 ロシア語新聞発行する
1932
昭和7 函館日ソ通商協会創立される
1933
昭和8 ソ連企業、日本人の北洋漁場での使用を一切やめる
1935
昭和10 ソ連通商代表部函館支部閉鎖
1936
昭和11 五百木良三、赤尾敏らをむかえ「蘇連研究講演会」開かれる
1939
昭和14 ロシア領事館敷地をめぐって訴訟問題起きる
1941
昭和16 日ソ中立条約成立.英米両国に宣戦布告.デンビーら国外へ脱出する
1942
昭和17 正教会の鐘など軍に供出(公園内の大砲もこの頃)
1943
昭和18 ザベーリン領事転出、後任ザベーリエフ領事着任.函館露西亜人協助会(白系ロシア人の組織) できる
1944
昭和19 北洋同志会主催露語講習会の講師はカロリョフ、成田ナデジュダ. ソ連領事館閉鎖される
1945
昭和20 日本、ポツタム宣言受諾.ソ連領に出漁した日魯の従業員抑留される
1946
昭和21 ソ連、南樺太と千島の併合を布告する
1950
昭和25 朝鮮戦争が勃発する
1951
昭和26 サンフランシスコ平和条約が調印される(ソ連は不参加)
1954
昭和27 北洋漁業が再開される(函館港が母船の集結基地)
1955
昭和30 戦後初めてソ連船が函館ドックに入り、修理をうける
1956
昭和31 日ソ漁業条約調印.日ソ国交回復共同宣言、通商航海に関する議定書調印される. 日ソ通訳会が創立される.北海道による旧ロシア領事館の補修工事が行われる.函館ロシア語研究会が発足し、 ロシア語講座が開催される
1957
昭和32 日ソ協会函館地方支部が結成される
1958
昭和33 占領解放後、初めて函館からソ連への輸出が行われる
1960
昭和35 函館貿易協同組合と全ソ消費協同組合との間に貿易契約が調印される
1962
昭和37 市はロシア語版の函館港宣伝パンフレットを作成
1966
昭和41 日ソ領事条約が調印される
1967
昭和42 ソ連領事館誘致推進期成会発足する
1968
昭和43 正教会にギリシャ人リバノスから大鐘が一基寄贈される
1972
昭和47 市制施行50周年記念「函館市民の船」がナホトカ、ハバロフスク両市を親善訪問
1976
昭和51 ソ連空軍のベレンコ中尉、ミグ25型機で函館空港に強行着陸し、アメリカに亡命
1983
昭和58 正教会、国の重要文化財に指定される(昭和61年から大修理行われる)
1989
平成1 函館日ロ親善協会発足する
1991
平成3 ゴルバチョフソ連共産党書記長辞任、共産党解体.ソ連解体、独立国家共同体(CIS) が発足
1992
平成4 函館、ウラジオストク国際姉妹都市提携
1993
平成5 函館日ロ交流史研究会発足する
1994
平成6 ロシア極東国立総合大学函館校開校.函館-ユジノサハリンスク国際定期空路開設
1997
平成9 函館、ユジノサハリンスク国際姉妹都市提携を結ぶ
2002
平成14年 函館・ウラジオストク両市のアルセニエフ博物館と市立函館博物館が姉妹提携を結ぶ
2003
平成16年 月19日に在札幌ロシア連邦総領事館函館事務所が開所する

 

投稿者 hakodate_russia : 21:43

新聞・雑誌/歴史・地理/工業・産業/語学・文学

◇新聞・雑誌◇
週間函館/ШУКАН ХАКОДАТЕ
1928.11.26~1929.3.1(欠号あり)
*ロシア語で書かれた新聞、記事は漁業関係が中心〉  
別  置
Известия Восточного института Дальневосточного Государственного Университета
Владивосток 1994 26㎝ 190P
東洋大学紀要
00299-820-5001

 

◇歴史・地理◇
[I.ゴシケーヴィチロシア帝国領事より箱館奉行宛書簡](英文)
1860 一枚物 在函館ロシア領事館銘入用箋
*函館図書館ロシア関係古文書を参照されたい
別  置
[魯西亜国司祭アナトリイから開拓使宛届書](日本語)
1878 一枚物 「シサイ アナトリイ」の印あり
別  置
[魯国人ノウヲパシンより工業局長長谷部辰連宛書簡]
明治12 露文1枚 和訳1枚
「ノワパシン」の印あり
*函館図書館ロシア関係古文書を参照されたい
別  置
露西亜国官吏来翰
仮 1綴
*函館図書館ロシア関係古文書を参照されたい
別  置
函館図書館ロシア関係古文書:露語及び日本語対照版
中村喜和、谷内美佐子訳 中村喜和、ガリーナ・S・アヴァキャンツ翻刻
*内容については、函館図書館ロシア関係古文書内容目録を見よ
0008-10312-6006
露西亜人より開拓使及県令に宛てた手紙の原文八五通
仮 1綴
*内容については、露西亜人より開拓使及県令に宛てた手紙の原文八五通内容目録を見よ
00260-103
[リコルドより代嶋志お平宛書翰]
文化10〈1813〉 写 一枚物 美濃  1枚
*九月十五日付け、出帆にあたって代嶋へ謝礼を述べている(通訳の「きせれふ」により日本語で記されている)。 同一紙面に、ロシア語でリコルドよりゴロヴニンへという封書の表書きのような記載がある。参考: 同年十月十三日付けのリコルドから代嶋あての書簡(日本語)は、0008-30261-4022もある
0008-30261-5004
魯西亜人差越候書翰入
写 一枚物 美濃1枚 半紙1枚
*表題の美濃紙1枚と、半紙に書かれたロシア語の書簡が1枚。 書簡は1813年9月23日付けでリコルドが出したもの
0008-30261-5002
ゴローニン之書
絹本 軸物 1幅
別 置
ゴローニン一行のロシア海軍少尉ムールの書(1811年頃)
折畳 複写 1枚もの
岐阜県下呂町武川久兵衛原本所蔵
00230-180-6003

Сокращенньiя Записки Флота Капитанъ Лейтенанта (нынъ Капитана первагро ранга) Головнина,о Плаванiи его на Шлюпъ Дiанъ,для описи Курильскихь острововъ,вь 1811 Году Государственнымъ
Адмиралтейскимъ,Департаментомъ
Санкт-Петербургь 1819 25㎝ 146P
海軍大尉ゴロヴニン帆船ディアナ号にて1811年千島列島航海記録 ロシア海軍省

00230-180-5001
高田屋嘉兵衛百三十年祭/ 称名寺に於ける法要に朗読したチフヴインスキー氏の電文
昭和31〈1956〉 電報 1通
0008-31371-5009
西出孫左衛門とハ・プ・ビリチとの地上権設定契約証書類
明治34-35〈1901-02〉 仮 露文1通 和文5通
00270-583-5001
中瀬捨太郎及フ・プ・ビリチの約定書・委任状
明治39〈1906〉 仮 露文4通 訳文2通
00270-583-7001
日露関係/北日本史料 1巻
デ・エム・ポズドネエフ著
横浜 明治43〈1910〉 洋 菊 521P
原題:Матерiалы по исторiи съверной японiи и ея отношенiй къ материку азiи и россiи
00200-523-4001
日露関係/北日本史料 2巻
デ・エム・ポズドネエフ著
横浜 明治43〈1910〉 洋 菊 177P
00200-523-4002
日露関係/北日本史料 3巻
デ・エム・ポズドネエフ著
横浜 明治43〈1910〉 洋 菊 304P
00200-523-4003
Очерк Истории Курильских
Островов ТАКАКУРА СИНЪИЧИРО
東京 南方同胞援護会
昭和36〈1961〉 仮 菊 110P
露文「千島概史 高倉新一郎著」
00297-311-4001
瀬棚の部落に水夫を埋葬した事情について (北海道)1878年に
ソ連国防省 モスクワ コピー6枚中3枚露文
00260-289-5001
Японцы, с которыми общался И.А. Гошкевич в Хакодате, Нагасаки, Иедо В.Гузанов
複写 32丁 26㎝
邦題:函館長崎江戸に於いてゴシケビッチと交流のあった日本人〈グザーノフ提供〉 付: レニングラード神学校図書館長ズブコフ氏よりグザーノフ氏宛書簡(露文)他
00289-12153-5004
Японцы, с которыми общался И.А. Гошкевич в Хакодате, Нагасаки, Иедо В.Гузанов
複写 白黒写真63枚
邦題:函館長崎江戸に於いてゴシケビッチと交流のあった日本人〈グザーノフ提供〉 付: レニングラード神学校図書館長ズブコフ氏よりグザーノフ氏宛書簡(露文)他
00289-12153-5104
モジャイスキー関係資料
複写 26丁 内容:А.Ф.Можaйский - создатель первого в мире Самолета (Н.Черемных, И.Щипилов) Японiя и Японцы(М.Фeдорова) Японцы о Японiи(А.Стэдомъ) Головнин(Давыдов)
*ソ連で出版された刊本の抜粋
00289-62702-5001
モジャイスキー関係資料
複写 白黒写真54枚 17×21㎝
内容:А.Ф.Можaйский - создатель первого в мире Самолета (Н. Черемных, И.Щипилов) Японiя и Японцы(М.Фeдорова) Японцы о Японiи(А.Стэдомъ) Головнин(Давыдов)
00289-62702-4001
Сведения об зкипаже корабля
"Синоё-Мару" В.М.Константинов
Академия наук СССР/ Прoблемы Востко - ведения №3
1959 4'  6P
"シノヨ丸"についての情報 ヴェ・エム・コンスタンチノフ著
00299-192-5001
Хоккайдо история и соверменность
Z.F.モルグン B.M.アフォーニン N.N.クズメンコ他著
極東諸民族歴史・考古・民族学研究所編
1993 21cm 206P
邦題:北海道、その歴史と現状 *制作は函館日ロ交流史研究会
00290-531-4001
'94函館・ロシア極東交流史シンポジウム「函館・ロシアの交流を探る」日露関係史・ その過去と現在 函館日口交流史研究会編
函館 編者 1995.3 29㎝ 93P
内容:日露・日ソ漁業関係、極東ロシアにおける日本語教授、函館のロシア語学習史、サハリンをめぐる日ロ関係、E・ スパリヴィンについて、B・ピウスツキについて、五郎冶のシベリア遍歴、日露戦争前後の地域新聞にみるロシア観、 ロシア極東の日本人労働者など
00200-513-5001
函館・ロシアの交流を探る;サハリン・千島をめぐって 函館日口交流史研究会編
函館 編者 1996.3 26cm 97P
内容:日ロ国境問題について、ウラジオストクの日本人企業史、日露関係と蝦夷地、 各時代にみるサハリン島の漁業事情など
00200-513-5001
КАМЧАТСКАЯ ОБРАСТЬ 1:2000000
折畳 1枚物  モスクワ 1988 28cm
地図
002901-9163-6001
КАМЧАТКА-ЯПОНИЯ カムチャツカ・マリン・シッピング・ カンパニー
折畳 1枚物 30cm
リーフレット
002901-9163-6001
УСТЬ-КАМЧАТК 1:1000000
折畳 1枚物 1990 29㎝
地図
002901-9163-6001
ПАЛНА 1:1000000
折畳 1枚物 1990 29㎝
地図
002901-9163-6001
Путеводитель по г.Хакодате
Японiя КАТО К.
Tokio 1912 12' 24P
函館案内 加藤一徳著
00291-130-3003
きらめく函館/ Путеводитель по Хакодате 函館市商工観光部観光課
1993.9 21㎝ 26P
00291-513-4001
ХАКОДАТЭ;はこだて
折畳 37×42cm  1枚
リーフレット
00291-513-5001
ХАКОДАТЭ;ЯПОНИЯ
折畳 24×52㎝ 1枚
リーフレット
00291-513-5001
Путеводитель для повседневной жизни в Хакодатэ /函館生活ガイドブック 函館市企画部国際交流課編
函館 函館市 1995 26cm 79P
00291-513-5002
ХАКОДАTЭ;はこだて
函館 第一印刷 印行 折畳 1枚
リーフレット
00291-513-5008
КАЛАНЫ; морские млекопитающие и рыбы
折畳 1枚物 1991 30㎝
リーフレット
00299-163-6001
КОМАНДОРСКИЕ ОСТРОВА; морские млекопитающие и рыбы
折畳 1枚物 1991 30㎝
リーフレット
00299-163-6002
МОРЖИ; морские млекопитающие и рыбы
折畳 1枚物 1991 30㎝
リーフレット
00299-163-6003
Памятники истопии и культуры Приморского края
Владивосток  ロシア科学アカデミー極東諸民族歴史・考古・ 民族学研究所 1991 29cm 267P
沿海地方の歴史的文化的記念碑
00299-158-6001
Старый Владивосток Альбом
Владивосток 1992 34㎝ 212P
古都ウラジオストク(写真帳)
00299-8200-7001
ВЛАДИВОСТОКЬ Общий Видъ
一枚物 9×71.5㎝  1枚
(額17×78cm)
ウラジヴォストーク全景
別 置
ОХОТСКО-КАМЧАТСКIЙ КРАЙ Н.В Слюнинъ
Петербургь 1900 8' 706P
オホーツク・カムチャツカ地方 エヌ・ヴェ・スリュニン著
00299-287-4001
Монгольскiй Алтай вь Истокахь Мртыша и Кобдо 1905-1909 В.В.Сапожниковь
Томскъ 1911 4' 444P
エルチイン及びコボト流域に於けるモンゴル・アルタイ旅行 ヴェ・ヴェ・サポジニコフ著
00299-250-5001

 

◇工業・産業◇
1925年極東ソヴェートビールレッテル
6枚 ガラス入
別  置
Хвойные деревья и кустарники
Дальнего Востока Н.В.Усенко
Хабаровск 1966 21㎝ 95P
極東の針葉樹と灌木 エヌ・ヴェ・ウセンコ著
00470-020-3001
Леса Дальнего Востока
Москва 1969  21㎝ 89P
極東の森林
00470-384-4001
日「ソ」漁業条約(露文併記) 露領水産組合編
昭和3〈1928〉 洋 菊 190P
006601-8870-4001
История рыбной промышленности российского Дальнего Востока 1650-1920 А.Т.Мандрик
Владивосток 1994 192P 26cm
ロシア極東漁業史 ア・テ・マンドリク著
006602-693-3001
漁業和露辞典 高昭宏編
米子 1978 17cm 212P
露書名: Японско-русский рыболовный словарь
006603-310-3002
島田商会紙幣 島田元太郎発行
原 11枚ガラス入
大正7年〈1918〉 尼古来斯克〈ニコライフスク〉アムールスキー・ リマン新聞社印刷5萬留〈5万ルーブル〉 -大正8〈1919〉東京市山本印刷15萬留 〈15万ルーブル
別 置

Япония Торговый Справочник
Хоккайдо
Хоккайдо префектурное управление
Саппоро 仮 菊倍 44P
日本貿易便覧北海道 北海道庁

00678-531-6801

 

◇語学・文学◇
ヲロシヤ凡道法并言葉
写 和 半紙 8枚
00299-0001-3001
オロシヤ語
写 和 四六(横) 64丁
*内容は松前幽閉ゴロウニン口述露語控え
00880-082-3001
氈裘文筌 前田温卿(恭庵)著
文化8〈1811〉 写 和 美濃 28丁
[東京外国語学校蔵本自筆稿本ニ依リ模写セルモノ露語発音ニ関スル書ナリ]
0008-60309-6001
ろしやのいろは マホフ、イワン著
箱館 常木重吉工 万延2〈1861〉 木版 和 菊判 10丁
00026-659-5001
ろしやのいろは マホフ、イワン著 山田清作編(複製本)
東京 米山堂 (大塚祐次刻) 大正14〈1925〉 木版 和 四六倍 10丁
00026-659-5002
ろしやのいろは(複製本) イワン・マホフ著
函館 1972 23㎝ 10丁
00026-655-5004
ろしやのいろは[著者書入本] マホフ・イワン著
箱館 常木重吉刻 万延2〈1861〉 木 和 菊 10丁(馬場文庫の内)
0008-55591-4003
和魯通言比考 (ЯПОНСКО-РУССКIЙ СЛОВАРЪ)ゴスケウヰツチ著 橘耕斎補
Санктпетербургь 1857(安政4) 8' 462P
00026-121-5002
露語和訳(露西亜語教科書) 小野寺魯一 三輪魯鈍 嵯峨善次郎共編
明治 稿本 洋 菊 80P
*慶応3年、函館で宣教師ニコライが作ったロシア語教科書を写したもの
0008-04388-4001
露和袖珍字彙 高須治輔編
東京 明治43〈1910〉 6版 洋 菊半 525P
0008-31222-2002
露語入門/魯語註礎 大島良一釈
東京 尚古堂:宝集堂 明治5〈1872〉 木 和 四六 22丁
00880-002-3001
独学露語入門 北尾政吉著
函館 著者 大正2〈1913〉 洋 四六 25P
00880-130-3001
すぐに解る/露語独学び 土子毅著
函館 小島大盛堂 大正11〈1922〉 洋 四六 121P
00880-331-3001
露都創刊露日小辞書 吉町義雄著
昭和36 仮 菊 169~234P 口絵1
00883-726-4001
露西亜文法 グレーボフ著:岩沢丙吉訳
東京 大倉書店 昭和7 洋 菊 535P
885-180-4001
露語文典 小西増太郎著
札幌 北海露語学校 明治30 洋 四六 46P
00885-142-3001
独習/日露会話;附露語文法書 北海露語学校編
札幌 編者 明治30 洋 四六 392P
00887-531-3001
АИНСКО-РУССКIЙ СЛОВАРЬ М.М. Добртворский
Казань 1875 複写 22㎝ 341P 北海道大学附属図書館原本所蔵
アイヌ・ロシア語辞典 エム・エム・ドブロトボルスキイ
00388-358-4001
露学校教科書
内容:ЦАРЪ- ГОЛОД  飢餓王
1908〈明治41〉 23㎝ 127P 札幌市中川皆去代氏旧蔵
003728-813-4001
ロシア語会話 根室商工会議所他編
根室 根室商工会議所 1992.5 14㎝(横長) 166P
00887-468-2001
よく使うロシア語英語会話集 紋別市国際交流委員会編
紋別 紋別市国際交流委員会 1992.8 18㎝ 120P
00887-695-3001
ロシア語ハンドブック/水産ビジネス編 沢田隆編著
札幌 水産北海道協会 1993.1 17㎝ 305P
00887-293-3001
ロシア語で話そう北海道 北海道新聞社編
札幌 北海道新聞社 1993.7 17㎝ 250P
00887-3029-2001
PУССКАЯ РЪЧЬ М.Вольперъ
東京 松邑三松堂 1900.12 64P
邦題:露語読本
*エム・ヴォリペル著、ロシアで作られた教科書を日本で復刻したもの
00883-508-4001
近世北海道におけるロシア語通辞ロシア語習得に関する教育史的考察(上)  浅利政俊著
1984.1 「松前藩と松前」21号 57-87P
00880-028-4001
魯語細見 岩井憲幸著
東京 明治大学教養論集刊行会
1990.3 「明治大学教養論集 外国語・外国語文学」227号 13-76P
00880-090-4001
市立函館図書館蔵/松前幽閉ゴロウニン口述露語控-附翻刻
岩井憲幸著
東京 明治大学教養論集刊行会
1991.3 「明治大学教養論集 外国語・外国語文学」237号 87-173P
00880-082-4001
いわゆる魯語文法規範について;その成立と書名をめぐって
岩井憲幸著
東京 明治大学教養論集刊行会
1989 「明治大学教養論集 外国語・外国語文学」217号
00880-090-4001
日英仏対照/ロシア語ことわざ集 吉岡正敞著
東京 駿河台出版 1986.3 19㎝ 176P       
00880-720-3001
ЕСЕНИН И ТАКУБОКУ エセーニンと啄木とロシア語のタべ
日ソ協会北海道支部主催 1986
啄4-422-3001

 

投稿者 hakodate_russia : 21:20

函館図書館ロシア関係古文書:露語及日本語対照版内容目録

函館図書館ロシア関係古文書: 露語及日本語対照版内容目録
01

I.ゴシュケーヴィチロシア帝国領事より箱館奉行<竹内下野守>宛書簡(英文)
1860.04.23/1860.05.05

○臨時教会建設許可願
〔法華寺に臨時的に建設された教会堂残存するも早晩領事館内に移転を予定。現在、資材と職人を要する建築工事多々あるので、 新たな恒久的な教会堂建設まで領事館外南東の隅に臨時教会の建設を許可願いたい。〕-1枚-

02 

少尉□□よりの受領書<宛先不明>
1867.10.26

○ウスリー川で日本人保管ロシア船(付属品とも)につき受領書
〔アギモからの5人の役人によって届けられた。届けた労務者は1人のアイヌと5人の日本人。附属品は櫂、マスト、帆、 料理用鍋。品物はすべて保存が完全であった。〕-2枚-

03

領事E.K.ビュツオフよりの受領書<宛先不明>
1868.12.26

○商人ピョートル・アレクセーエフ対請負師文蔵訴訟支払金の受領
〔アレクセーエフへの支払金338両、箱館税関より箱館ロシア領事館にて受領。〕-1枚-

04

A.オロロフスキイより蝦夷知事<東久世通禧開拓使長官>閣下宛書簡
函館 1870.08.22

○ロシア皇帝政府よりミカド政府への献上品送付の取扱について
〔献上品が江戸の外務大臣宛の小包同様の扱いで宮中へ届けること、 外務大臣宛のオロロフスキイの手紙献上品と共に送付することを依頼。〕-1枚-

05

A.オロロフスキイ領事代行より蝦夷知事閣下宛書簡
函館 1870.08.24

○松前岬に灯台設置請願について
〔松前湾付近での砲艦ソーポリ号航行中の体験を踏まえて灯台の設置を強調。 ミカド政府が灯台設置請願を拒否しないこと及び蝦夷知事の請願採決への斡旋を確信。 実地検分としてソーポリ号にミカド政府の委員会の同乗を提案。〕-3枚-

06

オロロフスキイロシア帝国領事代行より岩村判官・杉浦権判官宛書簡
函館 1870.08.27

○守護聖人紀年日(8月30日)の祝砲発砲について
〔停泊中の砲艦ソーポリ号が祝砲を発砲すること。この祝日に参加〈祝砲〉を依頼。〕-1枚-

07

オロロフスキイロシア帝国領事代行より岩村判官・杉浦権判官宛書簡         
函館 1870.08.27

○停泊地で訓練用小型弾丸空砲発射に関する質問
〔ソーポリ艦長の依頼で質問し返答を求める。質問は、ソーポリ艦乗組員の小銃と大砲の操作訓練のための空砲発射が、 函館の規則に背反するか否か。〕-1枚-

08

ヴィサリオン.サルトフの受領書<宛先不明>
1870.09.01

○ロシア領事小包5個受領-1枚-

09

A.E.オロロフスキイより杉浦権判官宛書簡
函館 1870.9.23

○函館港に港湾長任命要請について
〔数日前に発生した日本船の火災は、港湾長の必要性を証明した。港湾長の任命に日本政府が奔走すること。任命された役人は、 船舶の配置、火災に関する国際海洋法規の遵守などの監視義務を負うこと。港湾長の権利義務は、 函館港のヨーロッパ諸国領事館と函館の日本当局との協議によって取り定めること。以上の要請を正当と認めて放置しないこと。 〕-2枚-

10

A.E.オロロフスキイより通信<宛先不明>(英文)
1871.01.09

○貸与済み海図返品願について
〔海図はハクマイ湾。返品はポーター氏に、ポーター氏が受領書を書くはず。〕-1枚-

11

A.E.オロロフスキイより通信<宛先不明>(英文)
1871.04.22

○死刑執行の見物依頼について
〔死刑の執行は本当か。見物を望むので場所〈刑務所か亀田か〉を知らせて欲しい。〕-1枚-

12

A.E.オロロフスキイより判官杉浦誠宛書簡
1872.04.13

○アレクサンドル2世誕生祝日領事館事務所閉館通知について
〔4月17日はロシア皇帝アレクサンドル2世誕生大慶祝日につき領事館事務閉鎖。〕-1枚-

13

A.E.オロロフスキイより判官杉浦誠並びに松平宛手簡
函館 1872.04.29

○日本人官吏(今田彦三郎、小松)領事館内の学校入学希望の取扱について
〔キリスト教徒迫害事件決着まで、2人の官吏今田彦三郎と小松は入学を望まないとの通知を受けた。 小官の津田と影田の釈放要求の成否と今田と小松の在学禁止とは無関係である。 侮辱は領事館に加えられたが故にこのような態度をとらざるをえない。キリスト教徒迫害について連絡しないで欲しい。 小官はこの件で貴方に抗議や議題として提起したことはないのだから。このことは、 月曜日に貴方に送る速達便で分かるであろう。〕-2枚-

14

A.E.オロロフスキイロシア帝国領事より函館知事杉浦誠<中判官>宛書簡
1873.01.17/1873.01.29

○1月13日付け杉浦誠書簡への回答
〔らっこ皮1箱確かに受領し、コルベット艦「ヴィチャズ」号の艦長である提督に届けること。〕-1枚-

15

大主典杉山孝治よりアナトーリイ司祭宛通知
1873.05.02

○ロシア語習得者名および知事からの贈品について
〔昨年から現在までに、山口五郎太、本多銀次郎、高木平三郎がロシア語を習得した。 このことに感謝し知事から書面の通り贈物を与える次第。〕-1枚-

16

ロシア司祭アナトーリイの受領書
1873.04.20/1873.05.03

○返礼品受取について
〔日本人学生にロシア語教授につき、函館知事より送付の贈物確かに落手のこと。〕-1枚-

17

ロシア司祭アナトーリイより大主典杉山孝治ほか御一同宛書簡
函館 1873.04.21/1873.05.03

○開拓使からの贈物拝受につき礼状
〔山口五郎太、本多銀次郎、高木平三郎へロシア語教授に対する開拓使からの贈物。 地方当局の要請に基づいた仕事へ関与し得たことを意義づけている。〕-2枚-

18

A.E.オロロフスキイより函館知事杉浦誠宛書簡(英文)
1873.05.19

○領事館借地代金支払サルトフへ委任について
〔函館へ向かっているサルトフに、1873年前半期分領事館借地代金120両支払を委任。 支払後折り返し受領書の送付を要請。〕-1枚-

19

ロシア司祭アナトーリイの両替につき依頼状<宛先不明>
1873.08.11/1873.08.23

○300メキシコ・ドルの両への両替-1枚-

20

ロシア司祭モイセイ・カスタナエフより大主典宮木宛書簡
函館 1874.01.01/1873.01.13

○「手紙」拝受につき礼状
〔東京よりの「丁重なお手紙」に深謝の旨「杉浦殿」に伝声を依頼。〕-1枚-

21

ポール.I.セマシェフスキイ ロシア.クリエール号艦長より函館知事宛願状(英文)
1874.01.07

○国有林1本伐採許可願
〔ウラジオストークから函館までの航海の途中、事故で流出したトップマストと同長の樹木。〕-1枚-

22

エラギン海軍大尉より日本政府函館出張所宛航行許可願
函館 1874.12.11

○日本船玄武丸に乗船許可願
〔玄武丸に乗船し横浜までの航行。航行途中の寄港地には上陸しない。〕-1枚-

23

ロシア司祭アナトーリイより開拓使宛航行許可願
函館 1874.12.12/1874.12.24

○日本船通齋丸に乗船許可願
〔通齋丸に乗船し江戸までの航行。開港以外の港では下船しない。〕-1枚-

24

横浜ロシア帝国領事館ローゼン男爵より函館知事閣下杉浦誠宛書簡
1875.01.21

○スクーナー「ナデジュダ号」競売について
〔競売時函館居住外国人立合者につき電報にて申越しのこと不都合。替りに部下役人の任命を依頼し競売結果の通知を併願。〕- 1枚-

25

司祭アナトーリイより宮木経吉宛手簡
1875.01.17/1875.01.29

○開拓使へ出向説明について
〔1月29日付け手紙受領。出向して必要な説明をしたいので都合を知らせて欲しい。〕-1枚-

26

ロシア司祭アナトーリイより宮木経吉宛手簡
函館 1875.01.21/1875.02.02

○旧ロシア人病院跡地貸与経過及び正式譲渡依頼について
〔「1月29日付けの手紙」への返信。旧ロシア人病院跡地貸与請願の経過を説明し、 改めて開拓使に正式譲渡手続きに伴う官吏の派遣を依頼〕-2枚-

27

ロシア司祭アナトーリイより宮木経吉大主典宛書簡
1875.01.25/1875.02.06

○山中友伯の亡娘琴路の埋葬について
〔キリスト教信者の遺体埋葬を函館の仏教僧が拒否したため、 アナトーリイの借用地117号に埋葬したこと及びこの土地貸借に問題があったことなど。〕-2枚-

28

ロシア司祭モイセイ.カスタナエフより開拓使宛受領書
1875.02.05

○開拓使よりアナトーリイ宛書簡の受領
〔アナトーリイは不在の由。〕-1枚-

29

函館ロシア帝国領事館A.E.オロロフスキイより函館市知事杉浦誠宛書簡
長崎 1875.02.10/1875.02.22

○領事館業務とロシア人墓地拡張について
〔函館の領事館はまだ廃止されていない、オロロフスキイ長期不在中も領事館の仕事は継続。 函館ロシア教会の長で修道司祭アナトーリイ神父からロシア人墓地の不足による埋葬場所欠如の申出に基づき、清掃・ 柵の費用ロシア側負担による墓地の拡張依頼。〕-3枚-

30

ロシア司祭アナトーリイより宮木経吉宛書簡
函館 1875.02.19/1875.03.03

○117号借地請願が受け入れられたことへの礼状(資料27参照)-1枚-

31

ロシア司祭アナトーリイより大主典宮木経吉宛書簡
1875.04.01/1875.04.13

○領事館の土地測量に官吏派遣の照会に対する返書
〔日曜日以外午前9時から12時、午後1時から4時まで好都合及びアナトーリイは午前中在宅のこと。〕-1枚-

32

ロシア司祭モイセイ.カスタナエフより開拓使宛書簡
函館 1875.04.15

○横浜までの通行許可書給付依頼
〔4月16日江戸に向かう日本船で函館を出発、途中外国人に未開港の地に寄港の際も日本の法に従って下船・ 上陸しない旨誓約。〕-1枚-

33

ロシア領事館司祭A.ニコライより外事係官宮木経吉宛報告
1875.08.05

○横浜へ出発の件
〔8月5日太平丸で出発を通知。〕-1枚-

34

エウフィミイより外事係官宮木宛報告
1875.08.05

○拾得物の届書
〔8月5日朝、ロシア領事館庭で発見、所有者不明の鋳鉄製やかんと箱一個〕-1枚-

35

ロシア司祭I.工ウフィミイより開拓使九等出仕長岡照止宛願書
1875.08.14

○拾得物の返却依頼
〔8月10日届出のロシア領事館庭で拾得した金子36銭7厘5毛を元所有者カワサキタメに返却願。〕-1枚-

36

ロシア司祭アナトーリイ.チハイより開拓使宛報告
1875.08.09/1875.08.21

○山中友伯娘モモヨほか居住について
〔モモヨはアナトーリイ・チハイの屋敷内に居住しているが、石田茂三郎、小野帰一の両名は既に居住していない旨報告。〕- 1枚-

37

ペルシン&シビリャコフ海運商会支配人ワレリアン.エゴーロフ. モケーエフより日本政府高官長岡照止宛願書
松前島 寿都港 1875.11.01

○艀等の会場移送願
〔松前から陸路で函館へ向かうモケーエフ、函館からニコラエフスクまで艀とその付属物を送付するために、 運送費用受領時負担を条件に寿都から函館への艀等の海上運送に助力を依頼。〕-1枚-

38

ペルシン&シビリャコフ海運商会支配人ワレリアン.エゴーロフ. モケーエフより日本政府高官長岡照止宛請願書
松前 1875.11.01

○沈没船ナデェジュダ号救助にかかることについて
〔ベルシン& シビリャコフ海運商会所有の沈没船ナデェジュダ号から松前海岸で救助の乗組員13名の函館への移送と宿泊確保の依頼と移送費、 滞在費、諸経費は、信用状あるいは上海からの為替で函館到着次第支払うこと請願。〕-1枚-

39

ペルシン&シビリャコフ海運商会支配人ワレリアン.エゴーロフ. モケーエフより開拓使函館支庁三等出仕杉浦誠宛請願書
函館 1875.11.07/1875.11.19

○借用金額
〔300円の借金と返済は横浜で一覧払いを請願。〕-1枚-

40

ペルシン&シビリャコフ海運商会支配人ワレリアン.エゴーロフ. モケーエフより函館知事閣下杉浦誠宛請願書
函館 1875.11.07/1875.11.19

○ロシア紙幣460ルーブル換金及び至急横浜出発の指示願
〔スクーナー船・ナデェジュダ号の沈没で所有物の一切を流失、そのため衣服、電報、住食費、 ロシア帝国領事館所在地横浜までの移送費用など多額の出費を賜っているので、 ロシア紙幣460ルーブルの受理及び至急横浜へ出発の指示をだしていただきたい。 移送費用は横浜での支払い並びに日露通辞として東虎雄氏の派遣を請願。〕-1枚-

41

ロシア司祭I.エウフィミイより外事係官宮木経吉宛願書
1875.11.10

○横浜への出発報告並びに通関証明書発行依頼
〔11月12日兵庫丸で横浜へ出発、函館税関で荷物の通過のための証明書。〕-1枚-

42

横浜ロシア帝国副領事ローゼン男爵より函館知事宛書簡
横浜 1875.12.01/1875.12.13

○難破ロシア商船「ナデェジュダ号」船長及び乗組員の横浜移送時添付書翰への返状
〔船長・乗組員の衣食住及び横浜までの移送費一切の経費は、 ロシア政府が植民地省を通じて近日中に弁済することの報告及び難破船の乗員に対する厚遇に深謝し横浜までの移送時に受けた援助に対する礼状。 〕-3枚-

43

K.ストルーヴェ書翰<宛先不明>
東京 1876.04.02/1876.04.14

○1月12日付書翰への返書
〔函館のロシア領事館借地料金支払の手配及び今夏訪函の予定。〕-1枚-

44

ロシア司祭アナトーリイより届書<宛先不明>
函館 1876.08.14/1876.08.26

○日本人居住届
〔1876年8月14日時点におけるアナトーリイのもとに居住する日本人4名及びアナトーリイの学校に居住する日本人の子供3名。 夫々氏名、身分、出身県、年齢。〕-1枚-

45

海軍中尉<フサードニク艦長>より報告<宛先不明>
函館 1876.10.11

○ロシア軍艦フサードニクより上陸の水兵3名捜索要請のこと
〔10月10日散歩目的で上陸させた水兵のうち、イワノフ、ムトーフキン、リャフゴフの3名が未帰艦につき、 艦長が警察に捜索及び水兵を帰艦させることを要請。〕-1枚-

46

<エス.トラフテンベルク>より岩村判官、得能権判官、杉浦権判官宛書簡
1878.08.15/1878.08.27

○A.オロロフスキー着任並びに任務遂行着手報告
〔領事館の管掌を任命されたオロロフスキーが14日着任。〕-1枚-

47

ファジェイ.ノヴァパーシンより願書<工業局長長谷部辰連宛>
1879.10.01

○期限前の契約破棄とコルサコフ哨所への送届願
〔契約期間満了後交通途絶につき滞在延長可否の問合せに対し、家庭の事情で不可につき契約の破棄と哨所への送届を要望。〕- 1枚-

48

ロシア司祭アナトーリイより書簡<宛先不明>
年次不詳 火曜日 08.28/09.09

○巻タバコ用紙届書
〔手元の巻タバコ用紙全てを送付する。これで底をついたので役立ちそうな薄紙を数枚同封。〕-1枚-

49

ロシア官吏Ja.チハイより書簡<宛先不明>
年次不詳 08.29/09.10

○江戸行き通行許可書下付願
〔日本汽船太平丸に乗船、天候不良時は別として、外国人に不開港の港で下船しないことを約束。〕-1枚-

50

ステバン.ムルジンより届<宛先不明>
年月日不明

○役所出頭につき届
〔書簡落手につき直ちに出頭する旨。〕-1枚-

 

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露西亜人より開拓使及県令に宛てた手紙の原文八五通内容目録

露西亜人より開拓使及県令に宛てた手紙の原文八五通内容目録
01 封筒一束
 1.函館開拓使 御中
 2.函館縣令閣下 グリゴーリエフより
 3.開拓使官吏殿
 4.函館開拓使 御中
 5.外国課官吏 ミヤギ殿
 6.函館縣令閣下と杉浦誠殿
 7.函館開拓使御中 ヤ・チーハイより
 8.外国課官吏 ミヤキ殿
 9.開拓使 御中
27
ロシア司祭アナトーリイより魯語修業のための入塾生および奉公人の届書
1873.3.2/3.14
〔魯語修業のため入塾生7名と奉公人1名の氏名および出身地。〕
※田平 喜右衛門  陸奥国
  河田安 照      〃
  安藤 憲三     大分県
  馬場 民則     函館(亀田郡)
  小林 義光     青森
  奈良坂甚右衛門 日高
  五味 準      下野
      又吉     越後
48

ロシア司祭アナトーリイより届書<時任為基宛>
函館 1873.3.19/31

○入塾者届
〔・19日下総県出身ヤスカワ ハジメ他4名入塾。〕
※他の4名は、下総県出身1名、宮城県出身3名

47

ロシア司祭アナトーリイより届書<宛先不明>
函館 1873.4.12/24

○入塾者届
〔・11日宮城県出身学生シバタ ブンキチ入塾。〕

43

ロシア司祭アナトーリイより届書<宛先不明>
1873.4.24/5.6

○入塾者届
〔・24日トヨマ県出身サカイトクレイ入塾。〕

46

ロシア司祭アナトーリイより届書<宛先不明>
函館 1873.5.17/29

○入塾者届
〔・17日宮城県出身ハヤシ アズサ(林梓)他2名入塾。〕
※他の2名も宮城県出身者

28  ロシア司祭アナトーリイより在塾生
  および退塾生の届書
         函館 1873.7.24/8.5
  〔入塾生2名(1名は12才の児童)と
  退塾生1名の氏名と出身地。〕
   ※影田 孫一郎      水沢県
     粟屋 得一郎(12才) 宮城県
     沼辺 愛之助      宮城県
29

ロシア司祭アナトーリイより退塾生の届書
1873.6.9/6.21

〔在塾生の4学生(氏名・出身地)退去し、以後居住していない。〕
※大島 丈輔  仙台
  安川  一   印旛
  五味  準   宇都宮
  小林 源蔵  青森

23

ロシア司祭アナトーリイより入塾生の届書
函館 1873.9.4/9.16

〔入塾生4名の氏名。〕
※ダ テ  キエモン
  スガワラ ブンジ
  シブヤ  エンゾウ
  アンドウ ケンゾウ

24

ロシア司祭アナトーリイより在塾生および退塾生の届書
函館 1873.10.30/11.11

〔在塾生5名および退塾生2名の氏名および出身藩名。〕
※大立目 謙吾     陸奥藩
  高 原 賞造      岩手県陸中
  牧 野 守之佐    宮城県陸前
  道 家  弘       〃
  丹 羽  衛      トナミ
  アワノ ヨシオ      陸前藩
  アイダ チュウザブロウ 二本松

89

開拓大主典宮木経吉よりアナトーリイ宛回答書
1875.1.24/2.5

○.(2月2日附)受領書簡への回答
〔昨年8月旧ロシア病院敷地の使用を杉浦にお願いし、1ケ月後開拓使は該当地を使用し得る旨の通知を出したが、 それは最終決定ではないこと。契約書の交換も土地の授受もされていないから借用されたと思わないでほしいこと。 勝手に死人を埋葬したと聞き、その照会をしたが、貴翰の中に一言も返事がない。この件について詳細な返書がほしいこと。〕

11

開拓使七等出仕柳田友卿よりパウエル セルゲーヰッチ ゼレネーフ宛質問書
函館 1875.6.25

○水夫が子供に怪我をさせたことについての回答の請求
〔6月23日、水夫ジノウィーフョードロフが子供(トネイ エイタロウ)に怪我を負わせたことで、 懲罰に付すことをキターエフ少尉と警察署長と協定したにもかかわらず未だ回答がない。至急回答を求む。〕

14

ジョージ G ローダル船長ナダエロドフよりゴーダ宛依頼書(英文)
函館 1875.11.24

○二等船客としての乗船依頼
〔私と聖玄武丸に乗船する乗組員全員を二等船客として横浜に連れて行かれるよう依頼のこと。〕

16

ジョージ・ローダル号二等航海士より船長宛受領書
ロシア・ホテル 1875.11.24

〔ラッコ船より拳銃1箇、眼鏡1双受領のこと。〕

02

明治天皇の函館入港出港通知書(英文)
〔1876〕

○明治天皇の航行予定
〔明治天皇の函館港到着および出港予定時刻と、函館より青森港に到る海域航行禁止の予定通知のこと。〕

30

ロシア司祭アナトーリイ チーハイより開拓使宛通知書
函館 1876.11.4/11.16

○借地の返却について
〔1875年2月より借用の117号土地(117番地)は来る1877年より借地しないので、 1876年末をもって受取られたいこと。契約書は開拓使へ返却すること。来年より地代は支拂わないこと。〕

17-2

ロシア軍艦ヤポーネッツ号艦長ウィシニヤコフより警察署宛願書
1877.8.31/9.12

○上陸水夫の捜索願
〔上陸した水夫トレドグードフの捜索依頼のこと。〕

80

外国課官吏開拓使三等サ官ナガオカテルジ(長岡照止)、通訳トオトラオ(東虎雄)の覚
函館 1877.10.6

○公用金の受領と返済について
〔1877.11.16日函館支庁で海軍少尉キターエフ氏が公用金として受領した300弗は1877.11.25日日本暦明治10年10月6日返済した。 〕

82

ロシア帝国帆船アレウト号艦長海軍大尉セルゲイ・クラーシェニンニコフより時任為基閣下宛謝状
1877.10.7

○災厄時の折りに受けた種々の援助等に対する感謝状
〔災難、事故に対しての閣下、及び関係役人、住民の親切、その他の措置、援助に対しての感謝。〕

79

海軍少尉エゴーリエフより通知
1877.10.18/30

○船員の旅費の支払について
〔アブレク号士官及び下級乗組員の支払い済み旅費は函館到着後全額支払うこと。〕

75

機関長少尉補クリニツェフの受領書
函館 1877.10.27

○硬貨の受領について
〔硬貨200弗受領し受領証を置いてきたこと。〕

18

ロシア商人ソフィア アレクセーエフより開拓使外国課官吏三等サ官長岡照止宛回答書
函館 1877.11.2

○借地代金支払いの件についての回答
〔10月31日付開拓使よりの書簡に対する借地代金支払の件回答。不審の点があれば横浜ロシア領事館に交渉されたいこと。〕

25

日本駐在ロシア帝国代表部男爵ローゼンより函館県令時任為基宛書簡
東京 1877.11.22/12.4

○1877年10月12日付書簡に対する回答
〔ロシア帝国政府に対して、旧函館領事館の借用すべき土地区域の件に就いて審議を申請したこと。 併せて借地料の送金方を願い出たこと。〕

87

艦長海軍大尉クラーシェニンニコフより日本官憲宛願状
1877.11.23/12.5

○アレウト号士官の願い出を受けて欲しい旨の依頼
〔ハルツラリ海軍大尉の願い出の物品供与と同人金子欠如の節は貸与してほしいこと。〕

59

通訳トオトラオ、ナガオカテルジより<函館副領事エリニーツキイ>宛受領書

○瀬棚内函館間旅費受領につき
〔・1877年11月24日ロシア海軍少尉アレクサンドル・ニコラヰッチ・ キターエフより同人が支払うべき金額71ドル81セント5を受領。〕

56

アブレク号艦長海軍少佐より<函館県令>宛書簡
瀬棚内 1877.11.22/12.7

○遭難船アレウト号残留貨物今後の取扱並に遭難者援助への礼と折衝に当たった役人への称賛
〔・残貨目録の作成と引渡しに多くの日時必要・艦長クラーシェニンニコフと協議し、乗組員中士官2人、下級属員11名、 瀬棚に残留遭難船近辺に居住させ残置の物品資材の陸揚げを決定・遭難者に対する援助への礼と折衝の役人に対する称揚。〕

67

海軍少佐の書簡
函館 1877.11.30/12.12

○瀬棚にいる乗組員を函館で冬を過ごさせたいこと
〔私が瀬棚内に行かないことと、該地に残留の乗組員は函館に来て冬を越すことが好都合であること。それで、 乗組員を函館に行かせるため案内人をお願いしたいこと。私と連絡出来ない場合でもそうしてほしいこと。案内人無しでは、 乗組員は該地より出発できないこと。〕
※訳者注-①本書はアブレク号艦長の書簡です。②艦長が不在の場合乗組員が函館へ到着した時など行違いを生ずる。

55

ゲ・エリニーツキイより函館県令時任為基宛書簡
函館 1877.12.6/18

○副領事官赴任執務開始通告
〔・函館ロシア副領事臨時事務官掌として赴任執務開始につき通告。〕

62

アレウト号艦長代理海軍大尉ハルツラリ手簡<宛先不明>
第17号  瀬棚 1877.12.15/27

○物資及び食料未到着と不足のことについて
〔12月3(15)日函館の艦長よりの書簡でアブレク号の乗組員へ送ったはずの金子、食料品、 資材等をまだ受け取っていないこと。食糧不足で困っていること。アブレク号の士官、 水夫を函館へ送るべく全力を傾倒しているがまだそれもできていないこと。 食糧不足でアレウト号の乗組員も大変因っていること。〕

77

アレウト号艦長代理海軍大尉ハルツラリより函館開拓権大書記官時任為基宛書簡
第26号 瀬棚内 1877.12.20/1878.1.1

○約束事項の遵守について
〔士官あるいは水夫を函館に差し遣わす節はその都度許可を取り付けることになっていること。 一昨日本船の機関士を事前の許可無く函館へ出向させたことについての詫び。今後約束は几帳面に守ること。〕

58

アレウト号艦長代理海軍大尉ハルツラリより<函館副領事エリニーツキイ>宛証明書
第32号 瀬棚内 1877.12.22/1878.1.3

○アレウト号乗組員用食料品・物資材・牛到着証明
〔・食料品・物資材33箇、牛2頭・函館より瀬棚内へ異状なく到着。〕

52

G・エリニツキイより警察署長アリタキ宛書簡
函館 1877.12.26

○副領事官赴任につき誓約並に挨拶状
〔本港〈函館〉ロシア副領事官赴任に際し、両国親善に全力傾注の誓約。〕

54

グリゴーリイ・エリニーツキイより<時任為基宛>書簡
函館 1878.1.8/21

○アブレク号水夫の取扱につき依願
〔・アブレク号の水夫らの瀬棚より函館到着までの経過・ 在函水夫で夜中酩酊し住家へ帰れず街頭で発病する者が生じた場合の取扱などを、 警察署に対しロシア旅館ピョートルに投宿中の乗組員取締エゴーリエフに通知方の命令を依願。〕

85

アレウト号艦長代理ハルツラリより瀬棚内官吏(ジェストキムブ)クマガイ カツタロウ宛交付願
第3号 1878.1.9

○アレウト号の救助に関しての打ち合わせのため函館へ行くための許可書の交付について
〔本船の救助に関し浦塩斯徳の管轄庁と電報打ち合わせのため函館へ行きたいので許可書を交付してほしいこと。〕

73

グリゴーリイ・エリニーツキイより権大書記官時任為基宛書簡
第14号  函館 1878.1.26/2.7

○物資運搬のための馬の世話を依頼すること。ハルツラリ氏の函館への出発について願うこと。
〔ハルツラリ氏の願により乗組員の物資が必要であり、その運搬のための馬の都合についてご援助をお願いすること。 費用はハルツラリ氏又は浦塩斯徳より来航の軍艦に於いて弁償すること。 ハルツラリ氏より瀬棚内より函館へ出向きたいと通知があったので、 同氏の出発について差し支えのないよう措置してほしいこと。〕

50

グリゴーリイ・エリニーツキイよりオノデラ宛書簡
函館 1878.1.31/2.12

○ハルツラリ氏、県令との会見希望につき
〔・本日(31日)何時に参趨してよいか県令に伺って下さい。〕
※「49」の書簡参照

49

オノデラ ロイチよりグリゴーリイ・エリニーツキイ宛書簡
函館 1878.1.31/2.12

○ハルツラリ氏の県令との会見希望不叶につき通知
〔・31日会見希望のエリニーツキイ書翰への返書・県令健康を害しているので会見不叶・ 何れ県令より開拓使へ御来駕の通知を出す。〕

78

函館外国課官吏開拓三等サ官ナガオカ テルジ仕切書(写)
1878.2.2/14

○函館より瀬棚向け食糧品・牛運搬仕切書
〔函館より瀬棚内向け食糧品及び牛運搬仕切書・78円79銭8厘-32個運搬のため馬匹と人夫賃、・ 4円25銭-牛2頭運賃、・7円8銭6厘-牛の飼料代。〕

72

開拓権大書記官時任為基よりグレゴーリイ・エリニーツキイ宛書簡
第1号 函館 1878.2.7

○第14号の書翰についての回答とハルツラリ氏の来函は難しいことについて
〔貴翰14号で瀬棚内にいる乗組員用物資輸送の馬7頭の希望については主宰役人に命令するので日時を知らせてほしいこと。 ハルツラリ氏の来函については乗組員の監督義務があり容易に来函出来ないこと。 去年ハルツラリ氏より急務は起こさないので函館へは行かないと手紙が来ているので、 ハルツラリ氏の来函願は聞き届け難いこと〕

34

送付状
函館 1878.2.8

○蠣及び鹿肉缶詰贈呈送付状
〔石狩セイレン所製蠣缶詰2箇、札幌製造の鹿肉缶詰2箇贈呈 同品の良否につき試食を依頼。〕
※34-2より
  差出人は権大書記官時任為基
  宛先はグリゴーリイ・エリニーツキイ

70

ロシア副領事グリゴーリイ・エリニーツキイ書簡<宛先不明>
函館 1878.2.8

○遭難船アレウト号の競売についての連絡
〔瀬棚内で遭難したアレウト号は本年2月15日横浜副領事館で競売にされる旨、 東京代表部ローゼン男爵より通知があったことを通暢すること。〕

76

函館外国課役人開拓三等サ官ミウラノブノリ書付
函館 1878.2.14

○ハルツラリ氏の旅行勘定書
〔江差より函館に至るハルツラリ氏旅行勘定書・宿泊、食事、馬賃、人足心付(14円65銭)。〕

71

ロシア副領事グリゴーリイ・エリニーツキイ宛書簡<宛先不明>
函館 1878.2.16

○函館・瀬棚間の冬の距離について証明書の交付を願うこと
〔函館・瀬棚内聞の距離は冬季行程で何里あるか証明書を交付してほしいこと。〕

34-2

グリゴーリイ・エリニーツキイより権大書記官時任為基宛礼状
函館 1878.2.17

○缶詰恵贈につき礼状
〔缶詰4箇恵贈に対する礼。缶詰2箇は、数週日後東京へ出立予定につき、特に同地へ持参の旨。(追伸) として決算済郵便通帳受取の礼。〕

31

グリゴーリイ・エリニーツキイより権大書記官時任為基宛願書
函館 1873.3.3

○東京出張中のロシアへの配慮依頼
〔明3月4日兵庫丸で上京、暫く東京に出張するが、私が赴任前および赴任中同様に、 今後もロシアの利益に関して高配を願うこと。〕

73-2

時任為基よりロシア副領事グリゴーリイ・エリニーツキイ宛書簡(写)
函館1878.3.5

○牛輸送の件について
〔過日オノデラが牛輸送の件で貴下と話し合ったが積雪深く困難で、別途の方法を取れるようになったら改めて通知すること。〕

64

乗組員取締エゴーリエフより開拓使宛許可願
函館 1878.3.6/18

○素行不良水夫の監禁所設置について
〔アブレク号の素行不良の水夫を拘禁するための監禁所を作らせてほしいことと同人を7日間拘禁すること。 彼の食事は当方でその場所へ差し入れること。〕

65

乗組員取締エゴーリエフより開拓使宛割当願
函館 1878.3.8/20

○素行不良水夫の監禁所設置について
〔懲罰する水夫が更に一人出たので、もう一カ所監禁所を割り当ててほしい。〕

61

開拓権大書記官時任為基よりグリゴーリイ・エリニーツキイ宛書簡(写)
第3号 函館 1878.3.10

○奉公人姓名書送付依頼
〔函館在住ロシア人方に奉公している奉公人の姓名を日本文字で届け出るように指示し、その書面が出来たら送ってほしいこと。 〕

66

乗組員取締エゴーリエフより開拓使へ依頼
函館 1878.3.11/23

○罹病水夫の監禁解除について
〔水夫アントノーフが発病したので監禁を解いてほしいこと。〕

53

開拓使大書記官時任為基よりロシア副領事グリゴーリイ・エリニーツキイ宛手簡(写)
函館 1878.3.13

○京都博覧会の栞配布願
〔3月15日より100日間開催京都博覧会の栞送付につき、函館在住のロシア人に配布願。〕

32

グリゴーリイ・エリニーツキイより権大書記官時任為基宛送付状
第30号 函館 1878.3.15/3.27

○奉公人名簿の送付について
〔ロシア人宅に奉公する日本人名簿2通の送付。〕

57

開拓一等サ官オノデラ ロイチ作成勘定書(写)
函館 1878.3.15

○函館より瀬棚内向け食料品運送勘定書
〔・食料品送達人夫賃及び馬匹賃51円12銭5厘・同検査役人旅費5円40銭。〕

40

開拓権大書記官時任為基より函館ロシア副領事グリゴーリイ・エリニツキイ宛書簡(写)
第6号 函館 1878.3.25

○電信局の開設通知と函館在住ロシア人への通暢依頼
〔・本日(25日)より符字による通音の電信局開設、従来のは試験局。・この旨を函館在住ロシア人へ通知依頼。〕

63

函館ロシア帝国副領事エリニーツキイより開拓使宛
第34号 1878.3.8/4.9

○食糧品、物資等の請求
〔本書に添付の第32号の物資等を瀬棚内にいるハルツラリ海軍宛送ってほしいこと。〕

51

G・エリニツキイより時任為基宛書簡(英文)
1878.4.30

○御会食願
〔5月1日12時、ロシア・ホテルで家族同席で時任との会食願。〕

15

六門砲装備スクリュー船ヤポーネッツ号艦長海軍少佐ミハイル・ウィシヤコフより函館縣令宛依頼書
第876号 1878.12.30

○罹病水夫の取扱いにつき依頼
〔水夫フィリッフ イワノーフ肺炎のため函館病院に入院させたこと、病院費用は横浜ロシア帝国領事館より支払うこと。 病人全快の節は横浜領事への送致を依頼したい。〕

09

水道工事主任技師より開拓長官黒田総督閣下宛書簡(英文)
第16号 東京 1879.3.31

○函館水道建設案に対する意見書
〔函館1879.1.27付函館縣令時任為基に意見具申したクロフォードの水道計画書に対する、水量、 パイプ容量などを中心とした意見。〕

42

ロシア司祭アナトーリイ・チーハイより開拓三等サ官ナガオカ テルジ宛書簡
1879.4.9

○当館現在日本人奉公人名簿提出につき通知
〔・奉公人名簿の提出・7月迄函館を不在にするが、代わりにチャーエフ司祭が居住。〕
※奉公人名簿は不明

06

アメリカ総領事より函館開拓大書記官時任為基宛回答(英文)
第4122号 1879.8.29

○合衆国譲渡の地券を渡すための指令
〔8月26日、函館アメリカ領事代理ダム氏に電報で請求のあった、 アメリカ合衆国譲渡の二地域の地券を速やかに渡すよう指令したこと。〕

12

ア.グリゴーリエフからの通知書
函館 1879.9.10

○派遣員が横浜へ出発のこと
〔ブレーメン地理学協会派遣員男爵アレクサンドル フォン ダプへリマン海軍大尉私用のため三菱会社の汽船で横浜へ出発のこと。 〕

19-2

グリゴーリエフより函館県令宛依頼書
函館 1879.10.4

○アイヌ見学旅行願と国内の狩猟許可書下付願
〔ユーラップおよび山越内へ数日間アイヌ見学に旅行したいのでヨーロッパの言語を自由に出来る人を同伴させてほしいこと。 更に学術目的で函館周辺および国内の狩猟許可書を下付してほしいこと。〕

19

グリゴーリエフより函館県令宛礼状竝地通知書
函館 1879.10.4

○狩猟許可書不要の件について
〔私は当初の鳥類狩猟の計画を断念、更に土俗学的練習をやめ、魚、軟体動物等の蒐集に限ったので、 狩猟許可書は不要となったこと。〕

38

ロシア帝国領事館ペリカーエフより函館県令宛書簡
1879.11.5

○ノルデンスキオリド号救出品売却金下渡願
〔同船よりの救出品売却代金より受領書と引換に宣教師ガヴリエルへ120円の下渡を依願。〕

26

函館役所勤務開拓大書記官時任為基よりガヴリール チャーエフ宛礼状
明治13年1月8日〔1880〕

○明治12年函館火災時の罹災者救恤義捐金に対する礼状
〔明治12年10月6日〔1879〕函館の火災に際し、罹災民救恤のための送金に対し開拓使長官より感謝があった事 (ガヴリール チャーエフの懇切な意見に開拓使長官は同感とあるが内容不明)。〕

88

横浜ロシア帝国副領事館副領事ペリカーエフより函館県令宛書簡
第11号 1880.1.10/22

○窃盗犯逮捕とそれに関わる事項の処理について
〔函館在住ドイツ人シュリューテル方で窃盗を働いた自称ロシア人ストルジェフスキーを去年11月横浜で逮捕したこと。 8年ほど前日本人コサンキチに伴われロシアを出国しコサンキチの許に寄寓していたこと。ストルジェフスキーの詳細について、 告訴された犯罪等について調べたこと等を早急に領事館へ送ってほしいこと。 コサンキチ方にあるというストルジェフスキーの身分証明書も送付してほしいこと。 コサンキチに関しての情報は函館のシュリューテルストランド商会より取得しようとしていること。〕

41

副領事ペリカーエフより函館県令書簡
第79号 1880.3.9/21

○アレウト号遭難関係支払済開拓使出費差引分送金につき通知
〔・2月27日付函館県令書翰に対し91ドル57を送金。・この金額は、 1878年10月21日付函館県令書翰に基づき支払済の11ドル32を差引いた分である。・受領通報を下さい。〕

37

副領事ペリカーエフより函館県令宛書簡
第153号   横浜 1880.3.21

○ノルデンスキオリド号船主代理人セレブレンニコフの庇護並びに援助依頼及び同船に係る函館・ 根室県令の支出金額の取扱について
〔・ ノルデンスキオリド号救助作業監督のため浜中へ行くセレブレンニコフ函館滞在中の庇護と可及的速やかに浜中へ出発できるよう援助を依頼。 ・ノルデンスキオリド号にかかる函館・根室県令の支出金額を電報で通知して下さい。・ 根室県令には同船関係出費総額をできる限り早く知りたい旨を通暢して下さい。・詳細な勘定は後日精算する。〕

39

横浜ロシア帝国領事館副領事ペリカーエフより函館県令宛書簡
第196号    1880.4.27/5.9

○アレウト号遭難関係開拓使出費支払不足分送金につき通知
〔・4月5日発函館県令電に対し20円97銭送金分は、3月9(21) 日付送金のアレウト号遭難にかかる開拓使出費の支払不足分である。この金子の受領通知を下さい。〕

36

横浜ロシア帝国領事館副領事ペリカーエフより函館県令宛書簡
第279号 1880.7.12/24

○遭難汽船ノルデンスキオリド号の処置につき依願
〔・船主代理人セレブレンニコフ遭難現場残留鉄材の売却・函館回送方は依願済。・上記につき、 ノルデンスキオリド号2等船手ショスツーノフを根室に派遣につき、鉄材未売却で未回送の節は、 函館へ回送のためショスツーノフに援助を依願。・函館在泊帆船「アキシ」丸が、 従来の条件で鉄材の函館回送承諾の場合は契約書の取り決めを依願し、ショスツーノフの同船への便乗と遭難現場へ出発を依願。 ・アキシ丸並に他の船舶が回送不取扱の節は、ショスツーノフを根室に出発させ、 遭難現場より落石湾へ鉄材回送に要する人夫をショスツーノフへ供給を願う。・ 遭難現場に海没中の錨引揚げにつきショスツーノフに助力を願う。・ 遭難現場より鉄材搬出済後は石炭の番人不要かつ値段に拘泥せず売却して欲しい。〕

35

ショスツーノフより函館県令閣下宛書簡
函館 1880.8.5

○露語通訳貸与願及根室県令へ口添え依頼
〔・ノルデンスキオリド号の金子拝借につき礼・19日汽船東海丸で根室へ出発につき露語通訳1人貸与を依願・ 鉄材を浜中へ搬出しその後の役務に従うため、小船2隻、大船1隻、人夫10名の雇入につき根室県令へ口添えの1筆を依頼。〕

10

三檣船クニヤージ パジャールスキー号艦長パーウェル・ツィルトフより函館縣令宛書簡
1880.11.20

○訪問日の変更
〔豪雨のため本日訪問できなかったので、延留の節は月曜日に伺うこと。〕

08

松本農商務権大技長より函館県令時任為基宛書簡(英文)
札幌 1883.4.26

○函館水道工事案に関する時任為基の書簡(4月2日付)写しに対して提出した意見・見積書
〔内容:(1)水量と主要パイプ、(2)水道パイプ、(3)外国購入、(4)函館水道工事案見積書、(5) 函館水道工事案最終見積書。〕

05

農業技師エルンスト・ウェッテルゴフ自筆の住所書

○ニコリスコエ村

13

玄武丸積荷目録

〔1.麦粉、5箱-2.赤煉瓦、100ケ-3.白煉瓦、100ケ-4.瓦、各種-5.石炭、 10袋-6.リキュ-ル酒、150本-7.アルコ-ル、72本-8.蜜柑酒、60本-9.香水、15瓶-11.羚羊皮、 12枚-12.大皮、24枚-13.靴皮、30枚-14.機械用皮、6枚-15.靴底皮、6枚-16.鮑といりこ、1箱 (1布度143)-17.鮪、1箱(1布度464)-18.昆布、1ケ(1布度143)-19.刻昆布、1箱 (1布度853)-20.各種昆布、2ケ-21.ラッコ皮、2枚、<赤字一布度=3 6/7フント>〕

17

海軍大尉より警察署宛願書

○水夫の赦免願
〔帰国のためこの願書持参の者達と共に水夫を赦放下さい。〕

20

ロシア商人ソフィア アレクセーフ雇傭日本人名簿

〔ロシア商人ソフィア・アレクセーフが雇った日本人コック、馬丁、小使いなど3名の役名、氏名、年齢、雇入年月日、 本籍地、身分、請負人(親分)氏名。〕
※トガシ ヨウスケ   山形県
  ヨネヤ ソウキチ  秋田県
  フジタ コウハチ   函館

21

ロシア商人ソフィア・アレクセーフ雇傭日本人名簿

〔ロシア商人ソフィア・アレクセーフが雇った日本人コック、牛の牧夫、馬丁、ボーイ、コックの助手など5名の役名、 氏名、年齢、雇入年月日、本籍地、身分、請負人氏名。〕
※ヒキヤ チュウスケ   秋田県
  コメヤ ソオキチ    秋田県
  ミカミ トラキチ    青森県
  フジタ コオハチ    函館
  スガワ チョオノスケ  岩手県

44

ロシア司祭アナトーリイ・チーハイより届

○ロシア商人ソフィア・アレクセーフ雇傭日本人名簿
〔・イガラシ トオゾオほか4名の役名・氏名・年齢・雇入年月日・本籍地身分・請負人(親分)氏名。〕

68

アレウト号艦長海軍大尉クラーシェ・ニンニコフより閣下宛書簡(英文)

○遭難船アレウト号の船員の状況並に、必要金子の支給額および盗難防止の協力願
〔アレウト号は瀬棚内湾で遭難し、士官、乗組員は日本の村に分散避難していることを通知すること。 派遣した士官キタエフ海軍少尉補に諸経費300~400弗を支給して欲しいこと。 艦所持品の日本人による盗難防止のための協力を通暢すること。〕

74

艦長海軍大尉クラーシェ・ニンニコフより要望書

○製箱用材料要求とその運搬方法について
〔製箱用として板200枚、角材100ケ必要。これを乗組員の手許まで送達できない時は馬20頭を必要とすること。 そして馬の行く11里先の地点まで諸品運搬のため運搬人16名を必要とすること。〕

81

士官及び水夫の旅行勘定書

〔・士官3人旅行勘定書一宿泊・食事・馬賃・瀬棚内函館間艀輸送(27円63銭2厘)・水夫11名旅行勘定書ー宿泊・ 食事・馬賃・瀬棚内函館間艀輸送(58円33銭6厘)〕

83

艦長海軍大尉クラーシェ・ニンニコフ書付

○二本マスト機船アレウト号の概要及び士官名簿
〔・長さ、幅、馬力、排水屯、・士官、属員、乗客、・艦長、当直司令、操舵長、機関長、航路標機士官。〕

84

海軍大尉ハルツラリ書簡〈宛先不明〉

○配慮を頂いたことにたいしての謝状
〔仕事全般にわたって面倒をかけたことと配下の役人の世話に対しての謝状。 太平洋艦隊へ提案の通り本船の所有物品及び乗組員を函館へ回送するよう書簡を出したこと。 近々その提案に副う許可が横浜から来るであろうこと。〕

86

艦長海軍大尉クラーシェ・ニンニコフ書付

○アレウト号船員等の状況
〔士官及び属員は11月7日より日本人家屋に分宿し、最初の三日間は食事付きであったこと。〕

 

投稿者 hakodate_russia : 21:14