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2006年02月19日
1、日露文化と歴史的な交流(2)
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浦潮本願寺最後の僧侶・戸泉憲溟とその妻米子
1921年から1934年までウラジオストク在住。
1933年。ウラジオストク市
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海底ケーブルで長崎とウラジオストク市をつないでいたデンマーク電信局の建物
20世紀初期
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ロシア語文献学の専門家・山口茂一教授とウラジオストクの著名なヤンコフスキー企業家のー家
1917年
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学者であり、また企業家でもあったヤンコフスキーM.I.とアンナ(娘)、パーヴェル(息子)
19世紀末。神戸市
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1918年、1927年に来日したアルセニエフV.K.
旅行家、作家、学者
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アルセニエフV.K.(右から3番目)
日本文化交流旅行出発前。科学者や文化人代表団とともに。1927年
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ウラジオストクの露国義勇艦隊の乗組員と船舶会社「栗林商会」の株主とともに
1923年。東京
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ウラジオストクのキタイスカヤ街(現オケアンスキー大通り)にあったウラジオストク日本総領事館
1922年
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ウラジオストクで営業していた日本人写真館の名刺
左から、a)穂下、b)森、c)内藤
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左から、d)山口、e)島崎
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ウラジオストクで活動した日本赤十字社のクリタ医者
1918年
投稿者 hakodate_russia : 2006年02月19日 09:51