2006年02月20日

「ウラジオストクと函館―歴史、文化の経験―」

2004年度沿海地方国立アルセニエフ博物館・市立函館博物館姉妹提携2周年記念企画展
「ウラジオストクと函館―歴史、文化の経験―」

◇展示テーマ
1、日露文化と歴史的な交流
2、ウラジオストク市の歴史
3、沿海地方国立アルセニエフ博物館

◇ウラジオストクと函館の交流
 1992年(平成4年)7月28日、函館市はロシア連邦沿海地方のウラジオストク市と姉妹提携を調印しました。さらに、長い交流の歴史を踏まえ、友好・文化交流を強化するため、提携10周年目となる2002年(平成14年)7月28日に、両市のアルセニエフ博物館市立函館博物館が姉妹提携しました。
 2003年、婦妹提携1周年を記念してウラジオストク市で、両博物館の協力のもとに両市の歴史と文化についての展覧会が開催されたのに続き、このたび函館市で、アルセニエフ博物館の活動やウラジオストク市の歴史について紹介する展示が行われました。
 函館日ロ交流史研究会では、展示作業にボランティアで参加しましたが、このページでは市立函館博物館の協力をえて、ここに展覧会の概要を紹介します。(資料は市立函館博物館から提供を受けました)

会期 2004年7月5日(月)~7月11日(日)
会場 函館芸術ホール
主催 市立函館博物館
共催 沿海地方国立アルセニエフ博物館・市立函館博物館
後援 市立函館博物館友の会

投稿者 hakodate_russia : 21:56

2006年02月19日

1、日露文化と歴史的な交流(1)


クルゼンシュテルンI.F.
帆船「ネヴァ」号と「ナデージダ」号に乗り、1803~1806年にロシア初の世界一周探検を成し遂げた探検隊長。またロシア外交使節団団長レザノフN.P.を乗せ、帆船「ナデージダ」号で長崎港入りした。しかしロシアの帆船2隻は、港に2ヶ月間碇泊させられたものの公式交渉ができずに帰国した


レザノフN.P.
1803年に日本へ派遣されたロシア外交使節団団長


ゴロヴニンV.M.
1806年ロシアで2番目に世界一周探検を成し遂げた探検隊長。帆船「ディアナ」号でカムチャツカ沿岸を調査。1811年から2年以上日本で捕虜となった


箱館港に碇泊したフリゲート艦「ディアナ」号の図解
1854年。画家モジャイスキーA.F作


プチャーチンE.V.
ロシア海軍大将で、1854年の外交使節団長


ゴンチャロフI.A.
1854年のロシア外交使節団事務官


アルセニエフ博物館で保存しているフリゲート艦「パラーダ」号の模型
フリゲート艦「パラーダ」号に服務したシャルクノーフ軍医助手


プチャーチンE.V.
ロシア海軍大将と日本側代表の全権委員。下田。1854年


日本側全権代表
川路左衛門尉聖謨と筒井肥前守政憲

日本側通詞
中村為彌。下田での交渉


ロシア船員がフリゲート艦「ディアナ」号を解体し、その木材を利用して造ったスクーナー艦「ヘダ(戸田)」号の進水式
1856年


日本におけるロシア帝国初代総領事ゴシケーヴィチI.A.


ニコライ・ヤポンスキー
俗名 イワン・ドミートリエヴィッチ・カサートキン。
20世紀初期。日本。1836~1912年


プチャーチンE.V.
日本に滞在したロシア外交使節団。1853年


1891年に来日したロシアの皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ
後のロシア皇帝ニコライ二世


ウラジオストクにある浦潮本願寺
1891年に創設された。開教師多門速明(佐賀県出身)。20世紀初期

投稿者 hakodate_russia : 10:10

1、日露文化と歴史的な交流(2)


ウラジオストク日本総領事 渡辺理恵
20世紀初期


浦潮本願寺最後の僧侶・戸泉憲溟とその妻米子
1921年から1934年までウラジオストク在住。
1933年。ウラジオストク市


海底ケーブルで長崎とウラジオストク市をつないでいたデンマーク電信局の建物
20世紀初期


ロシア語文献学の専門家・山口茂一教授とウラジオストクの著名なヤンコフスキー企業家のー家
1917年


学者であり、また企業家でもあったヤンコフスキーM.I.とアンナ(娘)、パーヴェル(息子)
19世紀末。神戸市


1918年、1927年に来日したアルセニエフV.K.
旅行家、作家、学者


アルセニエフV.K.(右から3番目)
日本文化交流旅行出発前。科学者や文化人代表団とともに。1927年


ウラジオストクの露国義勇艦隊の乗組員と船舶会社「栗林商会」の株主とともに
1923年。東京


ウラジオストクのキタイスカヤ街(現オケアンスキー大通り)にあったウラジオストク日本総領事館
1922年

  
ウラジオストクで営業していた日本人写真館の名刺
左から、a)穂下、b)森、c)内藤
 
 
左から、d)山口、e)島崎


ウラジオストクで活動した日本赤十字社のクリタ医者
1918年

投稿者 hakodate_russia : 09:51

2006年02月17日

1、日露文化と歴史的な交流(3)


ウラジオストクで活動した日本赤十字社のアンドレイ大川
1918年1月7日


ウラジオストクで活動した日本赤十字社の大川
1914年からロシアのサンクト・ペテルブルグ市で日本赤十字社の看護婦として勤務した後ウラジオストクに転勤。1918年


ウラジオストク市のペキンスカヤ街(現フォーキナ通り)にあった森写真館の建物
1902年


函館にあったデンビー商会 創立者・デンビーA.G.


デンビー家の部屋
1918年。函館市


日本人の写真家穂下栄松とウラジオストクの市民セロフ姉妹
1920年代


ウラジオストク市と函館市との姉妹都市提携調印式
1992年7月28日。函館市


市立函館博物館との姉妹博物館提携のため来函した沿海地方国立アルセニエフ総合博物館館長アレクシュク
函館市教育委員会教育長金山正智を訪問。2002年7月28日


浦潮本願寺の記念碑
2000年11月3日。ウラジオストク市


第3回ウラジオストク・ビジュアル芸術ビエンナーレの際アルセニエフ博物館で行われた「函館市―ウラジオストク市」展示会の開幕式
2003年7月1日

投稿者 hakodate_russia : 21:59

2006年02月16日

2、ウラジオストク市の歴史(1)


1870年代のウラジオストク市


グスタフ・アリベルス商店のウラジオストク市に造られた最初の館
1879年


スヴェトランスカヤ街
1879年


ロシア電信局
1978年


テイグロヴァヤ丘(虎丘)
1875年


ウラジオストク市内図
1899年


1866年に作られた石版刷りにより印刷されたウラジオストクの景色


鉄道駅の最初の建物
1911年まで


再建築された鉄道駅の建物
1920年の冬


ウスペンスキー教会
ザヴォイコ海軍大将記念碑の起工式でロシア正教の儀式。
1908年


市墓地にあったポクロフスカヤ教会
20世紀初期


プロテスタント教会
20世紀初期


中国式仏塔(パゴダ)
20世紀初期


プーシキン劇場
20世紀初期


市民会館
20世紀初期


東洋学院
20世紀初期

投稿者 hakodate_russia : 22:03

2006年02月15日

2、ウラジオストク市の歴史(2)


ネヴェリスコイ海軍大将記念碑
20世紀初期


ウラジオストクのパノラマ
オリョールナヤ丘(鷲の丘)とネヴェリスコイ海軍大将記念碑。1920年代


夏には劇場として利用されるサーカス用建物
1905年


スヴェトランスカヤ街にあった海軍本部の最初の建物
1880年代

 
「リヴォーニヤ」ビール醸造所(1)、(2)
1905年


海軍本部
1912年


ウラジオストクのスヴェトランスカヤ街
1880年代


アレウツカヤ街にあった露亜銀行の建物
20世紀初期


スヴェトランスカヤ街にあった国立銀行
1912年


警察庁
20世紀初期


知事の公邸
19世紀末。スヴェトランスカヤ街


郵便会社
19世紀末。スヴェトランスカヤ街


軍港の司令官の家(写真中央)とアドミラルスキ(「海軍大将」の意)庭園
19世紀末


商船および義勇艦隊艦船が利用した船着場
19世紀末


スヴェトランスカヤ街
19世紀末

投稿者 hakodate_russia : 22:01

2006年02月14日

2、ウラジオストク市の歴史(3)


チューリン商店とシベリア商業銀行の建物(現在はアルセニエフ博物館本館建物)
20世紀初期


「オリンピヤ」菓子屋・喫茶店
1920年代


アレクセーエフスカヤ女子中等学校
20世紀初期


プーシキンスカヤ女子中等学校
1920年代


ウラジオストクのスポーツ同好会建物
20世紀初期


海水浴場
20世紀初期。アムール湾。ウラジオストク


アドミラーリスキ庭園のそばにあった金角湾のスケート場
20世紀初期


市立病院
20世紀初期


ニコライ二世の戴冠式祝典のために飾られたスヴェトランスカヤ街
1896年


ニコライ二世の戴冠式祝典のために飾られた凱旋門
1896年


金角湾を臨むウラジオストクのパノラマ
1896年


アドミラーリスカヤ岸壁
20世紀初期


ボートの船着場
20世紀初期


第一次世界大戦用軍服作成のために建てられた縫製工場
1914~1917年


テニス場
1900年。ウラジオストク市


シャシリーク(バーベキュー)をするウラジオストクの合唱サークル
1898年

投稿者 hakodate_russia : 21:50

2006年02月13日

2、ウラジオストク市の歴史(4)


韓国人居留民
20世紀初期


日本人居留民
20世紀初期


民族の祭日を祝う中国人居留民
20世紀初期


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
1896年


ウラジオストクのパノラマ
2004年


2003年に復元された凱旋門
1891年、アジア諸国の歴訪から帰国するニコライ皇太子(後のニコライ二世)を歓迎するため建てられたが、1927年に爆破された


ウラジオストク市の入口を示すモニュメント
2004年


劇場
2004年


1890年に建てられた沿海州研究協会の建物

投稿者 hakodate_russia : 22:40

3、沿海地方国立アルセニエフ博物館


1908年に増築された沿海州研究協会の建物
現在は国際展示会センター(アルセニエフ博物館の支部)。2004年


スヴェトランスカヤ通りにあるアルセニエフ博物館の本館
2004年


探検家・アルセニエフの家博物館
現在はアルセニエフ博物館が管理。2004年


革命家・スハーノフの家
現在はアルセニエフ博物館が管理。2004年


アレクシュクG.A.アルセニエフ博物館館長
2004年



博物館の発展に寄与した者に与えられる「金シュロ」賞授与式にて
1997年。フランス


アルセニエフ博物館の考古学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の民俗学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の地理学展示室
2004年


アルセニエフ博物館の19世紀末から20世紀初頭のウラジオストクの歴史展示室
2004年

投稿者 hakodate_russia : 22:22